再び現代建築論のフランク・ロイド・ライトへ戻っているが彼の巨匠をネタにレポート(現代建築論)書くのは、調べれば調べるほど難しくなってきた。
なぜなら、フランク・ロイド・ライトの場合はその空間構成を論じる前に「自由」「民主主義」から入らねばならないからだ。ルイス・カーンも難しかったが、彼の場合は建築そのもの(狭い意味ではないが)からその思想の範囲が超えて出るほどでもなかったように思う。フランク・ロイド・ライトは前提条件となるものの範囲が広すぎるのだ。
現在21世紀初頭に生きる我々から見るとアメリカはいろいろな問題を抱えるにしても、世界のリーダーと胸を張って自覚する国と見えるが20世紀初頭は決してそうではなかったのかも知れない。新しい土地に移植された植物のような気持ち、故郷から切り離された(それを望んだとしても)頼りなさが残っていたのかも知れない。
そんな中には新天地で新しい根を張ってたくましく生きていこうとする花もいて、それがフランク・ロイド・ライトであろう。砂漠のような何も無い土地に寂しさでなく自由を感じる建築家。だとすれば、フランク・ロイド・ライトこそ始めての本当の"アメリカ人"建築家なのかも知れない。
歳を重ねてからも新しいやり方を積極的に受け入れていく自由さとたくましさ。アメリカの開拓者魂だろうか。
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