ずっと以前に書いて、その後何もしていなかった「美」や「景観」の問題。
先日、建築法規の課題て建築物の形状を扱う法について調べていたら、斜線規制があった。
斜線規制についてはさらに以前に都市計画学の資料を読んでいた時に行き当たったことがあった。その概要はヨーロッパの都市で、スカイラインを統一したり通路の明るさを確保するために絶対高さを規制していては建築物の中身の価値を高めたいと言う経済的欲求に応えられなくなるのを懸念して斜線規制を用いたのが始まりであるとの事であった。
それを頭に置いて建築基準法を読んでいたのであるが、ふっと、その同じ斜線規制を用いていながら日本の都市部の道路沿いのビルの形状はいつまで経ってもヨーロッパの都市のように統一感あスカイラインが実現していないのに気付いた。その上、どう見ても"変な形"としか言えない屋根を持つ建築物が多い。
さらに、景観法と言う法律が別にあって、景観法によって斜線規制が緩和される項目まであるのだ。
と言うことは、建築基準法による道路斜線規制は景観を考えたものでなく、道路側の圧迫感を取り除いたり光を取り入れたりと言った衛生上の規制なのだろうか。建築基準法にはその理念のようなものは一切書かれておらず、規制内容のみであるのでその考え方はまた別途調べなければならないが、法律と言うものは最後には"良心から"判断せねばならないはずなのでこれはいかがなものかとも思う。
また、まさかとは思うが、道路斜線規制の趣旨には景観を誘導する思想が入っているが、世の建築家または建築士さん達は斜線規制は単なるお上から与えられた規制でありそれによる不利益を如何に回避するかだけを考えてしまっていることで、法規がその趣旨とは別の働きをしてしまっているのだろうか。そんな性悪説に立った考えを持たねばならないとは、思いたくはないが。
参考資料
景観法で年は美しくなるのか - 都市環境デザイン会議関西ブロック
新ブログ「もんく+a : reloaded」へ移行し、建築仲間Team OBASUの活動記録を投稿します。
リンクは右の欄のリストにあります。
(2021年~)
アイデア等全てのコンテンツの引用やコピーはご自由に。
コンテンツ概要
2009~2013年:建築物と建築についての雑記です。
2007~2009年:大学の課題に関するノートです。
2008/05/09
2007/12/14
2007/11/17
今年度の最後の試験終了
今年度最後の科目終末試験は以下の3科目。
1.構造力学Ⅰ
第4設題 ヒンジラーメンを解く問題。
第6設題 トラスの部材に生ずる力を求める問題。
多分できたと思う。
断面二次モーメントなどを使う問題が出なかったのでがっかり。
2.建築材料学
第3設題 コンクリート製品の種類特徴をあげる問題。
第6設題 木材の各特徴を説明する問題。
どちらの問題も書かなければならない量が多かったので時間が足りなかった。
コンクリート製品については表形式にして整理した。この科目はレポートでも一覧表で説明して良いとなっていたので、こちらもその方式でやってみた。文章では文字数が多くなりすぎて終わらないと思われたため。
木材の問題もテキストに書かれている内容に基づいて書いた。含水率と収縮の関係を分かり易くして文字数を減らすために簡単な(テキストには無い)グラフで説明。これも説明せねばならない細かい項目が多く、文字数が必要であるため、個人の見方を入れて回答する余地が無い知識を問うだけの問題である。問題としては面白味が無い。
こう言う科目でも「こんな時、自分ならどうするか?」を問うていただきたいものである。
3.都市計画学
第1設題 古代ギリシャ、ローマと中国、日本の都城の構成を説明する問題。
第10設題 景観を整備する具体的な手法を説明する問題。
ギリシャ、ローマを一つのもの、中国、日本を一つとして対比すれば良かったのかもしれないが、文化の異なるものを一まとめにできなかったので各々について簡単な図を描いた。(以前の記事の通りの図。)構成についての説明だけでは面白くないので各国の在り方との関連で説明してみた。このあたりはテキストにも少ししか触れられていないし、どの参考書を見ても定説が無さそうなので自説を書いても良いだろうと判断。しかしその結果、西洋と東洋の対比と言う面では弱かったかも知れない。
景観整備手法は景観法や都市計画などのやり方を参考に、テーマを上げるところから監視するところまでを網羅して書いた。途中にケビン・リンチとC・アレグザンダーの手法をイラスト入りで説明した。イラストは概念的な分かりやすさを重視して自分で考えたものを採用。
近隣住区の公園とコミュニティ施設の配置計画の問題を答えたかったが、これは出なかったのが残念。ペリーの近隣住区論の考え方を日本の生活や街のパターンによって変更した独自案を書いてみたかったのである。
1.構造力学Ⅰ
第4設題 ヒンジラーメンを解く問題。
第6設題 トラスの部材に生ずる力を求める問題。
多分できたと思う。
断面二次モーメントなどを使う問題が出なかったのでがっかり。
2.建築材料学
第3設題 コンクリート製品の種類特徴をあげる問題。
第6設題 木材の各特徴を説明する問題。
どちらの問題も書かなければならない量が多かったので時間が足りなかった。
コンクリート製品については表形式にして整理した。この科目はレポートでも一覧表で説明して良いとなっていたので、こちらもその方式でやってみた。文章では文字数が多くなりすぎて終わらないと思われたため。
木材の問題もテキストに書かれている内容に基づいて書いた。含水率と収縮の関係を分かり易くして文字数を減らすために簡単な(テキストには無い)グラフで説明。これも説明せねばならない細かい項目が多く、文字数が必要であるため、個人の見方を入れて回答する余地が無い知識を問うだけの問題である。問題としては面白味が無い。
こう言う科目でも「こんな時、自分ならどうするか?」を問うていただきたいものである。
3.都市計画学
第1設題 古代ギリシャ、ローマと中国、日本の都城の構成を説明する問題。
第10設題 景観を整備する具体的な手法を説明する問題。
ギリシャ、ローマを一つのもの、中国、日本を一つとして対比すれば良かったのかもしれないが、文化の異なるものを一まとめにできなかったので各々について簡単な図を描いた。(以前の記事の通りの図。)構成についての説明だけでは面白くないので各国の在り方との関連で説明してみた。このあたりはテキストにも少ししか触れられていないし、どの参考書を見ても定説が無さそうなので自説を書いても良いだろうと判断。しかしその結果、西洋と東洋の対比と言う面では弱かったかも知れない。
景観整備手法は景観法や都市計画などのやり方を参考に、テーマを上げるところから監視するところまでを網羅して書いた。途中にケビン・リンチとC・アレグザンダーの手法をイラスト入りで説明した。イラストは概念的な分かりやすさを重視して自分で考えたものを採用。
近隣住区の公園とコミュニティ施設の配置計画の問題を答えたかったが、これは出なかったのが残念。ペリーの近隣住区論の考え方を日本の生活や街のパターンによって変更した独自案を書いてみたかったのである。
2007/11/15
都市計画マスタープランとは
都市計画マスタープランについて
どんなものか?
市町村における3つの基本計画(社会計画、経済計画、空間計画)の内の物的計画である空間計画の基本となるものである。この中には建設の方針、市街化区域、市街化調整区域の整備・開発・保全に関する10~20年の長期に渡る理念、方針、将来像、手段、プロセス(上流から下流まで全て)が示される。また、行政のみでなく事業者、市民、第3セクターなど全てに共通の基本方針となるものである。
(※注意:以下の内容はテキストや参考資料に則ったものではない。)
特徴
1.市町村が策定することで、広域(県や国)に関する事項を除いた、地域に関する都市計画をきめ細かく地域の実情に合わせて当事者が決める事ができる。
2.決定の過程に市民が参加することで、より生活や地域のニーズに合わせた計画となる。
3.長期計画とすることで、場当たり的でない見通しと将来像が描けるものとなっており、そのプロセスまで明確になるものである。
4.完成イメージを盛り込むことで、規制や単なる行動計画だけでない目標を明確に示している。
5.基本理念が示される事で将来に渡ってその考え方を継承できるものである。
どんなものか?
市町村における3つの基本計画(社会計画、経済計画、空間計画)の内の物的計画である空間計画の基本となるものである。この中には建設の方針、市街化区域、市街化調整区域の整備・開発・保全に関する10~20年の長期に渡る理念、方針、将来像、手段、プロセス(上流から下流まで全て)が示される。また、行政のみでなく事業者、市民、第3セクターなど全てに共通の基本方針となるものである。
(※注意:以下の内容はテキストや参考資料に則ったものではない。)
特徴
1.市町村が策定することで、広域(県や国)に関する事項を除いた、地域に関する都市計画をきめ細かく地域の実情に合わせて当事者が決める事ができる。
2.決定の過程に市民が参加することで、より生活や地域のニーズに合わせた計画となる。
3.長期計画とすることで、場当たり的でない見通しと将来像が描けるものとなっており、そのプロセスまで明確になるものである。
4.完成イメージを盛り込むことで、規制や単なる行動計画だけでない目標を明確に示している。
5.基本理念が示される事で将来に渡ってその考え方を継承できるものである。
ブキャナン・レポート "Traffic in Town"
「Traffic in Town」(1963)概要
市街地に居住環境地域(Enviromental Area)を設定し、これを市街地の基本構成単位とする。居住環境地区の内部には※3補助幹線道路、※4区画道路だけを通し、※1主要幹線道路、※2幹線道路は外部を通す。
これにより市街地の中に自動車の通過交通から守られる「都市の部屋」を形成する。自動車交通は住民の環境を侵さない範囲で許容される。これは居住環境地域内の道路を安全に横断可能な範囲とする。歩行者重視。
居住環境地域の規模は、自動車交通密度の高い地区では小さく、密度の低い地域では小学校区またはそれ以上に拡大する事もあり得る。
以下はイギリスにおける道路の段階構成。
※1主要幹線道路
※2幹線道路
※3補助幹線道路
※4区画道路
「Enviromental Area」を「居住環境地域」と訳しているが、英語の"Enviroment"は環境と言う意味であって、居住と言う意味は含まない。
参考資料
「都市計画教科書 第2版」彰国社
市街地に居住環境地域(Enviromental Area)を設定し、これを市街地の基本構成単位とする。居住環境地区の内部には※3補助幹線道路、※4区画道路だけを通し、※1主要幹線道路、※2幹線道路は外部を通す。
これにより市街地の中に自動車の通過交通から守られる「都市の部屋」を形成する。自動車交通は住民の環境を侵さない範囲で許容される。これは居住環境地域内の道路を安全に横断可能な範囲とする。歩行者重視。
居住環境地域の規模は、自動車交通密度の高い地区では小さく、密度の低い地域では小学校区またはそれ以上に拡大する事もあり得る。
以下はイギリスにおける道路の段階構成。
※1主要幹線道路
※2幹線道路
※3補助幹線道路
※4区画道路
「Enviromental Area」を「居住環境地域」と訳しているが、英語の"Enviroment"は環境と言う意味であって、居住と言う意味は含まない。
参考資料
「都市計画教科書 第2版」彰国社
2007/11/11
古代都市の比較 その2
先日書いた「古代都市の比較」の中で、ギリシャにアクロポリスがあってローマに無いのは何故かと書いた件でご意見いただいたので紹介する。
※アクロポリスが在る無いと言うのは、ギリシャは人間の活動する都市の中心に神殿は置かず、外に置いている。ローマは神殿(アクロポリスと言う名では無い)は都市の中心にある。ローマは先に発展したギリシャの都市構造をモデルにしているのに、この違いは何故起こったかと言うこと。
以下は、ご意見いただいた方からのもの。(原文のままではない。)
*************************************
ローマは「全ての道はローマに通じる」と言うように都市計画が計画的に行われていたたに、ローマにすべての施設がうまく集中できたのではないか。
その点、ギリシアは無計画だったのでは。
その要因としてはギリシアは攻めてくる他国から国内を守るのに精一杯であって、都市整備を行うどころではなかったのではないか。とにかく強い兵士を作るのに必死でスパルタのようなポリスで厳しい試練を行っていたのではないでしょうか。
ローマの戦術の一つに、侵略した国の国民もローマ市民として取り入れてしまうという、姑息な手段を使っていたので(奴隷→ローマ市民)領土拡大をしていって人が増え、統制がつかなくなってっ民主制になった。そのうちあちこちに施設が散らばっているととんでもない事に
なってしまうので集中して管理できるようにしたのではないだろうか。
*************************************
そして、自分で考えてみた内容は下記。
*************************************
ギリシャはローマのように他国、他民族を併合せず、全部自前で済ませた為に他民族の神を受け入れる必要はなかった。だから一番良さそうなところに神殿を作った。ギリシャの神はもともと森にいたから人間とは住む場所がちがっていたと考えたかもしれない。オーダーで囲ったのは森の象徴だとの説がある。石でできた神殿は元は木造であったが、太い木材が入手できなくなったかそれとも長持ちするよう石で造ることにし、白色の方が綺麗と言うこともあって木材から石材へ変えたのか。だからもともとの位置から移動したりすることは考えなかったのかも知れない。
ローマの他国支配は貿易のためであったから支配しても相手がやる気を無くすと困る。だから有能な人は被支配国の人間でも出世させたしそちらの宗教の神も認めた。アジアの神が西の神と統合された形跡もある。であれば、他民族で上手くやる為に神殿は街の中心に置く方が好都合であったとも考えられる。
もう一つに、ギリシャの男は戦いが無いときは実はやること無かったから思考が上に向って、つまり哲学的な方向へ向ったのではないだろうか。ローマ人の方が商人気質であったから思考が横に、つまり外との関係に広がっていったかもしれない。
*************************************
意見をいただいた方、ありがとうございました。
また、他の方からもご意見お待ちしております。
追加資料
古代の奴隷制度 - 歴史と世間のウラのウラ
テキスト「地域共生の都市計画」では、古代の都市に関する説明は少なく、ギリシャもローマもステレオタイプな古代のイメージからの説明しかされていない。例えば、「奴隷」と言う言葉、「王政が神から権威を授かる宇宙観...」などと書かれているがギリシャとローマではそのあり方は大きく異なっている。ここから古代都市の何を学べと言うのだろうか。
※アクロポリスが在る無いと言うのは、ギリシャは人間の活動する都市の中心に神殿は置かず、外に置いている。ローマは神殿(アクロポリスと言う名では無い)は都市の中心にある。ローマは先に発展したギリシャの都市構造をモデルにしているのに、この違いは何故起こったかと言うこと。
以下は、ご意見いただいた方からのもの。(原文のままではない。)
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ローマは「全ての道はローマに通じる」と言うように都市計画が計画的に行われていたたに、ローマにすべての施設がうまく集中できたのではないか。
その点、ギリシアは無計画だったのでは。
その要因としてはギリシアは攻めてくる他国から国内を守るのに精一杯であって、都市整備を行うどころではなかったのではないか。とにかく強い兵士を作るのに必死でスパルタのようなポリスで厳しい試練を行っていたのではないでしょうか。
ローマの戦術の一つに、侵略した国の国民もローマ市民として取り入れてしまうという、姑息な手段を使っていたので(奴隷→ローマ市民)領土拡大をしていって人が増え、統制がつかなくなってっ民主制になった。そのうちあちこちに施設が散らばっているととんでもない事に
なってしまうので集中して管理できるようにしたのではないだろうか。
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そして、自分で考えてみた内容は下記。
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ギリシャはローマのように他国、他民族を併合せず、全部自前で済ませた為に他民族の神を受け入れる必要はなかった。だから一番良さそうなところに神殿を作った。ギリシャの神はもともと森にいたから人間とは住む場所がちがっていたと考えたかもしれない。オーダーで囲ったのは森の象徴だとの説がある。石でできた神殿は元は木造であったが、太い木材が入手できなくなったかそれとも長持ちするよう石で造ることにし、白色の方が綺麗と言うこともあって木材から石材へ変えたのか。だからもともとの位置から移動したりすることは考えなかったのかも知れない。
ローマの他国支配は貿易のためであったから支配しても相手がやる気を無くすと困る。だから有能な人は被支配国の人間でも出世させたしそちらの宗教の神も認めた。アジアの神が西の神と統合された形跡もある。であれば、他民族で上手くやる為に神殿は街の中心に置く方が好都合であったとも考えられる。
もう一つに、ギリシャの男は戦いが無いときは実はやること無かったから思考が上に向って、つまり哲学的な方向へ向ったのではないだろうか。ローマ人の方が商人気質であったから思考が横に、つまり外との関係に広がっていったかもしれない。
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意見をいただいた方、ありがとうございました。
また、他の方からもご意見お待ちしております。
追加資料
古代の奴隷制度 - 歴史と世間のウラのウラ
テキスト「地域共生の都市計画」では、古代の都市に関する説明は少なく、ギリシャもローマもステレオタイプな古代のイメージからの説明しかされていない。例えば、「奴隷」と言う言葉、「王政が神から権威を授かる宇宙観...」などと書かれているがギリシャとローマではそのあり方は大きく異なっている。ここから古代都市の何を学べと言うのだろうか。
「都市のイメージ」 -ケヴィン・リンチ
時間が無いのでざっと読んでみた。
なので、これから書く内容は本書の理解に必ず役立つと思うべきでは無い。
ケヴィン・リンチは都市を視覚的に扱う試みを行っている。
例えば、ル・コルビュジエは人間の生活に関連付けた「意味」として扱っていて、これとはある意味対照的である。(通常ル・コルビュジエの建築は視覚的な特徴を強調される事が多い(四角さを言われたりする事など)が意味から理解すべきではないか。余談。)
また、C・アレグザンダーのように細かな形態上の語彙と文法を抽出する方法とも異なっていて、都市そのもののマクロな形態を多くの人々の心に残る印象に投影したエレメントとして扱っている。これは多くの人に共通するその都市の印象、パブリック・イメージの発見を基にしている。
ケヴィン・リンチは都市をあたかも一つの部屋のインテリアをデザインするような感覚で扱うようである。これは一時的な模様替えと言った静的なものでなく、時間的にも随時変化することも想定している。また謙虚にもそのパブリック・イメージだけで都市のデザインができるのでは無いとも言う。
なので、これから書く内容は本書の理解に必ず役立つと思うべきでは無い。
ケヴィン・リンチは都市を視覚的に扱う試みを行っている。
例えば、ル・コルビュジエは人間の生活に関連付けた「意味」として扱っていて、これとはある意味対照的である。(通常ル・コルビュジエの建築は視覚的な特徴を強調される事が多い(四角さを言われたりする事など)が意味から理解すべきではないか。余談。)
また、C・アレグザンダーのように細かな形態上の語彙と文法を抽出する方法とも異なっていて、都市そのもののマクロな形態を多くの人々の心に残る印象に投影したエレメントとして扱っている。これは多くの人に共通するその都市の印象、パブリック・イメージの発見を基にしている。
ケヴィン・リンチは都市をあたかも一つの部屋のインテリアをデザインするような感覚で扱うようである。これは一時的な模様替えと言った静的なものでなく、時間的にも随時変化することも想定している。また謙虚にもそのパブリック・イメージだけで都市のデザインができるのでは無いとも言う。
2007/11/10
道路斜線
テキスト「地域共生の都市計画」の説明と図では道路傾斜の「斜線制限解除の適用距離」が分かり難い。
p138の図11・4(A)「b.道路からの後退がある場合」では建物を道路側の敷地境界線からS[m]後退させているのでビルの上部ハッチング部分は建築可能であるが図では緩和規定無しの場合の高さまでとなっている。図11・4(A)「c.斜線制限の適用範囲」では斜線制限が解除されるまでの適用距離L[m]の端部が建物の壁面の延長線上にあるが、これは妥当な位置ではないし、図のビルの最上階部分はもっと高くしても良いはずである。図の建物高さは法規上誤りではないが、説明図としては誤りである。
建物と道路斜線 -カク企画1級建築士事務所のページの説明が分かりやすい。
p138の図11・4(A)「b.道路からの後退がある場合」では建物を道路側の敷地境界線からS[m]後退させているのでビルの上部ハッチング部分は建築可能であるが図では緩和規定無しの場合の高さまでとなっている。図11・4(A)「c.斜線制限の適用範囲」では斜線制限が解除されるまでの適用距離L[m]の端部が建物の壁面の延長線上にあるが、これは妥当な位置ではないし、図のビルの最上階部分はもっと高くしても良いはずである。図の建物高さは法規上誤りではないが、説明図としては誤りである。
建物と道路斜線 -カク企画1級建築士事務所のページの説明が分かりやすい。
「近隣住区論」と「界隈」
先日「近隣住区論」を読んで書いたのであるが、ふと思いつく事があったので記しておくことにする。
「近隣住区論」の考え方の一部は現在の日本でもその考え方は「都市公園法第2条」に反映されていて、都市公園整備を行う場合に実際に使用されている。
1つの近隣住区に対して2haの広さを持つ近隣公園を中央部に1つ、0.25haの広さを持つ街区公園を分散させて4つ配置する事になっている。
そこで思い出すのは黒川紀章である。
ヨーロッパは広場を中心に生活が営まれるが、日本には広場が無い。その代わりに路地を中心とした界隈がその生活の中心として機能していると言うのである。庭と路地と家の縁側は近隣住民とのコミュニケーションに使われるセミパブリックな場所となっている。現代の家は閉鎖的になっていて、もしかしたら実感が湧かない人も多くなっているかもしれないが、わからない事ではない。
反対に欧米の家は路地と逆側を向いていて、「近隣住区論」でも家は住区の内側を向いて建っているし、不特定多数の人が来る恐れのある店舗は家から見えない所に配置するとしている。つまり、日本の伝統的な生活習慣とは異なる前提で考えられたものなのである。
家が閉鎖的な構造になってきた現代でも、日本の家は通りを正面にして建てられる。実感としても近所との付き合いは(薄くなってきているとは言え、)通りを隔てた向かいやお隣が濃くて、裏は隣接地であっても薄い。
幼児を連れて母親が公園に行くのに「公園デビュー」と言う言葉があるが、ご近所デビューとは言わない。公園はやはり日本人にとって、敷居の高い、公式の場に近いものなのではないだろうか。
そうであれば、改めて公園整備するよりは路地整備を行い、「路地公園」(今作った言葉)と言った選択肢もあるのではないだろうか。もちろん自動車の排除問題も同時に考えなくてはならないが。
豊臣秀吉は京都の碁盤の目状の区割りを、道で囲まれた平面図上のブロック単位から、通りを中心とした菱形のブロック(町)に変更している。これも日本の家屋が通りに面していて通りを中心に生活する習慣を認めたものであろう。高い学歴を持ち専門の勉強をして行政を司っている現代の公務員よりも、農民上がりの秀吉の方が民衆の生活実態をよく見て実情に合わせた判断ができたのかも知れない。
参考資料
「図説 都市地域計画 第2版」青山吉隆 丸善
「近隣住区論」の考え方の一部は現在の日本でもその考え方は「都市公園法第2条」に反映されていて、都市公園整備を行う場合に実際に使用されている。
1つの近隣住区に対して2haの広さを持つ近隣公園を中央部に1つ、0.25haの広さを持つ街区公園を分散させて4つ配置する事になっている。
そこで思い出すのは黒川紀章である。
ヨーロッパは広場を中心に生活が営まれるが、日本には広場が無い。その代わりに路地を中心とした界隈がその生活の中心として機能していると言うのである。庭と路地と家の縁側は近隣住民とのコミュニケーションに使われるセミパブリックな場所となっている。現代の家は閉鎖的になっていて、もしかしたら実感が湧かない人も多くなっているかもしれないが、わからない事ではない。
反対に欧米の家は路地と逆側を向いていて、「近隣住区論」でも家は住区の内側を向いて建っているし、不特定多数の人が来る恐れのある店舗は家から見えない所に配置するとしている。つまり、日本の伝統的な生活習慣とは異なる前提で考えられたものなのである。
家が閉鎖的な構造になってきた現代でも、日本の家は通りを正面にして建てられる。実感としても近所との付き合いは(薄くなってきているとは言え、)通りを隔てた向かいやお隣が濃くて、裏は隣接地であっても薄い。
幼児を連れて母親が公園に行くのに「公園デビュー」と言う言葉があるが、ご近所デビューとは言わない。公園はやはり日本人にとって、敷居の高い、公式の場に近いものなのではないだろうか。
そうであれば、改めて公園整備するよりは路地整備を行い、「路地公園」(今作った言葉)と言った選択肢もあるのではないだろうか。もちろん自動車の排除問題も同時に考えなくてはならないが。
豊臣秀吉は京都の碁盤の目状の区割りを、道で囲まれた平面図上のブロック単位から、通りを中心とした菱形のブロック(町)に変更している。これも日本の家屋が通りに面していて通りを中心に生活する習慣を認めたものであろう。高い学歴を持ち専門の勉強をして行政を司っている現代の公務員よりも、農民上がりの秀吉の方が民衆の生活実態をよく見て実情に合わせた判断ができたのかも知れない。
参考資料
「図説 都市地域計画 第2版」青山吉隆 丸善
2007/11/09
古代都市の比較
西洋と東洋の代表的な古代都市を比較してみた。
都市計画のや参考資料ではその構成の概要しか説明されていないが、この違いを説明するには各々の政治体制や人々の生活、信条を調べる必要があるであろう。正直、そこまで手が回らない。
ただ、古代日本については以前に建築史の中で述べたように、この時代の政治が家族親戚を増やして勢力を拡大すると言った経営方法であったので、心配すべきは外敵よりも一族郎党のいざこざの方であった。そのため都城の外部に城壁を築く必要は感じられなかったのであろう。
中国の場合は陸続きに全く違う民族や部族が存在していることにより城壁は必要なのである。
城壁の面ではギリシャもローマも中国も同じであろう。
さて、ギリシャとローマの都市は似ているようで少し違う。ギリシャではアクロポリスと言う神聖な場所が市民の生活の中心とは少しだけ離れた高い位置にあったのであるが、ローマではそれが中央広場に移っている。
ギリシャもローマも王政から共和制、民主制に移って行った。どちらも強大な権力を持つ一人の人間が支配するのではなく、どちらかと言えば皆で話し合いで物事を決めるようになった。その為に中心地に広場がある。
ではギリシャにアクロポリスがあって、ローマに無いのは何故か。宗教観の違いであろうか。これは誰かわかる人にご教授願いたい。
参考資料
「都市計画概論 第4版」加藤晃 共立出版
倫理思想史電子ノート -立川察理
「近隣住区論」 クラレンス・A・ペリー
都市計画学を勉強している。
クラレンス・A・ペリーのはそれほど難しい理論ではない。
行政区画(県、市、区といったもの)とは異なる小さなコミュニティと言うものが自然発生することに目をつけ、これを新しい街づくりに応用しようとする研究である。
(以下、「近隣住区論」の完全な要約ではない事に注意。)
原則として以下がある。
1.規模:適正な規模はどの程度であるか。
2.境界:規模と関係するもので、研究の主題が主に自動車を使用して移動する郊外の居住区であるために、近隣住区の外側は幹線道路で区切られることを前提としている。
3.オープンスペース:公園とレクリェーションのための空間の広さと位置について言及している。
4.店舗:店舗等の業務区域が徒歩で行ける範囲に必要である。もちろん自動車で移動する人たちを前提とするが、タバコや食料を買う程度は区域内でまかなう必要がある。
5.地区内街路体系:地区内を安全快適に移動するために通過車両を排除するなど。
この原則を適用した近隣住区による「新たなコミュニティ」を作り快適な生活を作り出そうと言うものである。
近隣住区には前提条件となる考え方がある。
1.育児期にある家庭の環境への要求を前提として考えている。
独身世帯はコミュニティのようなものよりも独立した周囲に干渉されない環境を好み、流動的であるが、結婚して育児期になるとそれ以前よりもはるかに多くを周辺環境に求めるようになる。また、子供が独立して夫婦2人の世帯になるとまた要求は変り、より独身時代に近くなる。現代はその時期の要求に合わせて住居を選ぶことができる。
2.居住地コミュニティが占める広さは、学校、運動場、その他の店舗サービスが効率良く運用される広さと完全に一致する。(調査より)よって、これらを一つに区分してまとめる事が可能と言う考え方に基づく。
3.近隣住区による新たなコミュニティは農村のコミュニティとは異なるものを意味する。職住分離によって現代社会にはコミュニティが消失しているが、これを回復することを目的としているが、あくまでも新しい形のコミュニティを提案するものである。
適正な広さ
子供が小学校まで徒歩で通う距離は1/2フィート(400)程度、約400~500m程度であり、他のサービスも同程度である事が分かっているので、小学校を中央に配置し、そこから半径400~500mの範囲である。
同じく地域コミュニティ施設は中央に配置するが、小学校の建物が兼ねてもよい。
公園とレクリェーション施設の配置
小学校の校庭が子供のための公園を兼ねることもできるが、概ね地区面積の10%が必要なのでこれを校庭でまかなうと広くなりすぎる。また、子供が遊びに出る距離は1/4フィート(200m)程度であるので公園を分散して配置する。
商業施設配置
商業施設は住居から見えない位置にまとめる。また隣の近隣住区の商業施設と向かい合うように配置することで一体化させる。住区の隅部となる。
日本にては既存の居住地域にこれを全て適用する事は不可能であると考えられるが、小学校やコミュニティ施設の配置を決定するなど、部分的には使用できる可能性はあるだろう。しかし、日本では家を流動的な資産と見なせない場合もあり、また都市部では集合住宅も多くなっているなど、条件が異なるためこの理論を適用するにはさらに調査が必要であろう。またこの方法でコントロールする法的根拠の問題もあるだろう。
コントロール
都市計画が必要な理由は、インフラ整備コスト(税金から)の問題であったり、快適性や安全性、景観その他いろいろあるだろう。自宅の近所に風俗店があるのは子供の教育上良くないのであるが、本音ではオネエちゃんのいる店で仕事帰りに一杯やりたいのが人情であるから、それをコントロールしなければならないと言うことになりそうだ。前回書いた六本木ヒルズでも同じビル内に赤提灯があっては資産価値が落ちるし、ステイタスとはならないから困るのであろうが、やっぱり新橋のガード下のモツ鍋が落ち着くから無くさないで欲しいわけだ。そう言った本音と建前をコントロールするのも都市計画であろうか。
参考資料
「近隣住区論 新しいコミュニティ計画のために」クラレンス・A・ペリー 鹿島出版会
クラレンス・A・ペリーのはそれほど難しい理論ではない。
行政区画(県、市、区といったもの)とは異なる小さなコミュニティと言うものが自然発生することに目をつけ、これを新しい街づくりに応用しようとする研究である。
(以下、「近隣住区論」の完全な要約ではない事に注意。)
原則として以下がある。
1.規模:適正な規模はどの程度であるか。
2.境界:規模と関係するもので、研究の主題が主に自動車を使用して移動する郊外の居住区であるために、近隣住区の外側は幹線道路で区切られることを前提としている。
3.オープンスペース:公園とレクリェーションのための空間の広さと位置について言及している。
4.店舗:店舗等の業務区域が徒歩で行ける範囲に必要である。もちろん自動車で移動する人たちを前提とするが、タバコや食料を買う程度は区域内でまかなう必要がある。
5.地区内街路体系:地区内を安全快適に移動するために通過車両を排除するなど。
この原則を適用した近隣住区による「新たなコミュニティ」を作り快適な生活を作り出そうと言うものである。
近隣住区には前提条件となる考え方がある。
1.育児期にある家庭の環境への要求を前提として考えている。
独身世帯はコミュニティのようなものよりも独立した周囲に干渉されない環境を好み、流動的であるが、結婚して育児期になるとそれ以前よりもはるかに多くを周辺環境に求めるようになる。また、子供が独立して夫婦2人の世帯になるとまた要求は変り、より独身時代に近くなる。現代はその時期の要求に合わせて住居を選ぶことができる。
2.居住地コミュニティが占める広さは、学校、運動場、その他の店舗サービスが効率良く運用される広さと完全に一致する。(調査より)よって、これらを一つに区分してまとめる事が可能と言う考え方に基づく。
3.近隣住区による新たなコミュニティは農村のコミュニティとは異なるものを意味する。職住分離によって現代社会にはコミュニティが消失しているが、これを回復することを目的としているが、あくまでも新しい形のコミュニティを提案するものである。
適正な広さ
子供が小学校まで徒歩で通う距離は1/2フィート(400)程度、約400~500m程度であり、他のサービスも同程度である事が分かっているので、小学校を中央に配置し、そこから半径400~500mの範囲である。
同じく地域コミュニティ施設は中央に配置するが、小学校の建物が兼ねてもよい。
公園とレクリェーション施設の配置
小学校の校庭が子供のための公園を兼ねることもできるが、概ね地区面積の10%が必要なのでこれを校庭でまかなうと広くなりすぎる。また、子供が遊びに出る距離は1/4フィート(200m)程度であるので公園を分散して配置する。
商業施設配置
商業施設は住居から見えない位置にまとめる。また隣の近隣住区の商業施設と向かい合うように配置することで一体化させる。住区の隅部となる。
日本にては既存の居住地域にこれを全て適用する事は不可能であると考えられるが、小学校やコミュニティ施設の配置を決定するなど、部分的には使用できる可能性はあるだろう。しかし、日本では家を流動的な資産と見なせない場合もあり、また都市部では集合住宅も多くなっているなど、条件が異なるためこの理論を適用するにはさらに調査が必要であろう。またこの方法でコントロールする法的根拠の問題もあるだろう。
コントロール
都市計画が必要な理由は、インフラ整備コスト(税金から)の問題であったり、快適性や安全性、景観その他いろいろあるだろう。自宅の近所に風俗店があるのは子供の教育上良くないのであるが、本音ではオネエちゃんのいる店で仕事帰りに一杯やりたいのが人情であるから、それをコントロールしなければならないと言うことになりそうだ。前回書いた六本木ヒルズでも同じビル内に赤提灯があっては資産価値が落ちるし、ステイタスとはならないから困るのであろうが、やっぱり新橋のガード下のモツ鍋が落ち着くから無くさないで欲しいわけだ。そう言った本音と建前をコントロールするのも都市計画であろうか。
参考資料
「近隣住区論 新しいコミュニティ計画のために」クラレンス・A・ペリー 鹿島出版会
2007/11/05
2007/10/10
試験の申込み
11月の試験の申込み書類を送付した。
11月17日(土)
1限目 構造力学Ⅰ
2限目 建築材料学
3限目 都市計画学
いつものように申込書のコピーはとっておく。封筒には80円切手を貼り、受験票3枚と返信用封筒(80円切手添付)も入れた。受験票がいつもより1枚多くても80円で済んだ。葉書1枚多い程度なら当たり前かもしれないが、万一途中で帰ってきてしまうと面倒なのでちゃんと民営化した郵便局の秤で測ってもらった。
1月に1科目残しておこうかと思ったが、試験まで1ヶ月以上ある事と延ばしても準備しなければならないのは同じで、試験勉強の間に課題も作成しなければならない事を考えると11月で終わらせておくべきだろうと思って止めた。時間があるからと言ってそれだけ質の高い試験解答ができるわけではないだろう。こう言う事は考えても始まらないもので、決めてから考える方が良いのである。
11月17日(土)
1限目 構造力学Ⅰ
2限目 建築材料学
3限目 都市計画学
いつものように申込書のコピーはとっておく。封筒には80円切手を貼り、受験票3枚と返信用封筒(80円切手添付)も入れた。受験票がいつもより1枚多くても80円で済んだ。葉書1枚多い程度なら当たり前かもしれないが、万一途中で帰ってきてしまうと面倒なのでちゃんと民営化した郵便局の秤で測ってもらった。
1月に1科目残しておこうかと思ったが、試験まで1ヶ月以上ある事と延ばしても準備しなければならないのは同じで、試験勉強の間に課題も作成しなければならない事を考えると11月で終わらせておくべきだろうと思って止めた。時間があるからと言ってそれだけ質の高い試験解答ができるわけではないだろう。こう言う事は考えても始まらないもので、決めてから考える方が良いのである。
2007/08/22
いきなり2つ成績発表と1つのレポート返送
たった今、2つも成績がついてしまった。
建築造形Ⅰ A (スクーリング)
建築造形Ⅱ A (課題だけ)
都市計画学 B (選択)これはレポート返送のみ。後日試験あり。(11月)
以下、講評と反省。
建築造形Ⅰ
スクーリングでの模型製作なので何ともコメントなし。
建築造形Ⅱ
初めてのパースでしたが、講評は「作画が丁寧で内容も理解している」とのこと。3点法で影を描くのが難しかったけれど、どうやらOKだったらしい。
都市計画学
「ル・コルビュジエの都市計画」と「川崎区のマスタープラン分析」の両者ともに実際の計画(ル・コルビュジエならパリ計画、川崎区はマスタープランと実際の都市の様子)と分析を比較して分かりやすくすべきとの講評。もう少し具体的資料を添付すべきだった。レポートを書く時に山ほど資料を読んでしまっていて、その勢いで書いてしまうと客観性に欠けるものになってしまう事に注意すべきであった。
建築造形Ⅰ A (スクーリング)
建築造形Ⅱ A (課題だけ)
都市計画学 B (選択)これはレポート返送のみ。後日試験あり。(11月)
以下、講評と反省。
建築造形Ⅰ
スクーリングでの模型製作なので何ともコメントなし。
建築造形Ⅱ
初めてのパースでしたが、講評は「作画が丁寧で内容も理解している」とのこと。3点法で影を描くのが難しかったけれど、どうやらOKだったらしい。
都市計画学
「ル・コルビュジエの都市計画」と「川崎区のマスタープラン分析」の両者ともに実際の計画(ル・コルビュジエならパリ計画、川崎区はマスタープランと実際の都市の様子)と分析を比較して分かりやすくすべきとの講評。もう少し具体的資料を添付すべきだった。レポートを書く時に山ほど資料を読んでしまっていて、その勢いで書いてしまうと客観性に欠けるものになってしまう事に注意すべきであった。
2007/08/08
パタン・ランゲージ その2
「パタン・ランゲージ」をざっと読んでみた。
これは物凄い本かもしれない。
今まで読んできた建築とか都市計画と言う分野の、謂わばその専門家と言う「立場」のために書かれた書物とは全く違う視点から書かれている。それらに比べれば「無私」の境地と言って良いほどだ。しかもそこに展開する内容が直接的に建物や都市の構築に関わるものに限定されていず、社会学と言ったような広い分野にまで及んでいる。それは建築も都市もその狭い幾何学的に整った階層の中に単独で存在しないとの考え方からであるらしい。
この考え方から見れば他の建築家の書物や生産物は全て建築家個人のエゴと言えないだろうか。ル・コルビュジエにように絶対的な美が建築家の外に存在すると考えたとしても、それを採用する行為自体がエゴなのかも知れない。
建築家の引く1本の線と言うものは、それを誰かが何時か決めなければならない時に建築家がその恣意を引き受けざるを得ないのだろうけれども、それを決めるバックグラウンドが時間の奥行きを考慮したものでない限りは単なるエゴなのであろう。
その時間的奥行きとは、パタンとして現れている歴史の積み重ねから来るものだろう。
ただ、この本だけ読んでいてわからないのは、この本のパタンが世界中に通用するものなのかと言うことだ。これは答えだけを見て採点するマークシート方式の試験結果のようなもので、途中の計算方法を未だ見ていないことによる。
これは物凄い本かもしれない。
今まで読んできた建築とか都市計画と言う分野の、謂わばその専門家と言う「立場」のために書かれた書物とは全く違う視点から書かれている。それらに比べれば「無私」の境地と言って良いほどだ。しかもそこに展開する内容が直接的に建物や都市の構築に関わるものに限定されていず、社会学と言ったような広い分野にまで及んでいる。それは建築も都市もその狭い幾何学的に整った階層の中に単独で存在しないとの考え方からであるらしい。
この考え方から見れば他の建築家の書物や生産物は全て建築家個人のエゴと言えないだろうか。ル・コルビュジエにように絶対的な美が建築家の外に存在すると考えたとしても、それを採用する行為自体がエゴなのかも知れない。
建築家の引く1本の線と言うものは、それを誰かが何時か決めなければならない時に建築家がその恣意を引き受けざるを得ないのだろうけれども、それを決めるバックグラウンドが時間の奥行きを考慮したものでない限りは単なるエゴなのであろう。
その時間的奥行きとは、パタンとして現れている歴史の積み重ねから来るものだろう。
ただ、この本だけ読んでいてわからないのは、この本のパタンが世界中に通用するものなのかと言うことだ。これは答えだけを見て採点するマークシート方式の試験結果のようなもので、途中の計算方法を未だ見ていないことによる。
2007/08/07
都市美
「都市美」と言う本について
欧米各国の「都市の美観」を中心とした都市計画についての歴史を主に書かれた本である。
都市の「美」と言った場合に、誰から見た美なのか、美とはどんな状態なのか、そのために誰がどのような事をしてきたのか、また失敗してきたのかと言うのを調べたものだある。
注目しておきたいところを数点挙げておく
1.アメリカの「ニューアーバニズム」
一つの地区を開発する時に一人の建築家やデザイナーが全てデザインするような単調さも、その反対の無秩序も良しとしない。別々の建築家が関与しながらも一定の秩序を作り出す「都市のDNAとも言える建築コード」を計画家がアウトプットするそうである。
計画家が居るにしても、多くの人が関与しながら何らかの統一感ある街を作る手法はどのようなものなのか。この本では詳細がわからないので今後調べてみたい。
2.日本にも居た活動家
「橡内吉胤(とちないよしたね)」
「石川栄耀(いしかわひであき)」
日本にも都市美活動家が居たと言う事。
現在にはその志が全く途絶えて伝わる事がなかったのは残念。
3.シャルル・ビュルス(ベルギー)の「都市の美学」(未読)
技術面に偏った都市計画に反対し、土地固有の地形や歴史的建造物を生かした独自の魅力を引き出す街づくりを行った人である。
その中で「図面上でしか確認できない左右対称の幾何学的な計画」を「歩行者の視点から認識できない」と言う理由で否定している。
これは共感できる。先日行ってみた「豊洲ららぽーと」(これは都市ではないが)では平面図をみなければ建物が船とドックの形をしているとは気付かない。最近建設されている大規模再開発などでも平面図を見なければ意図がわからないようなものがある。高層ビルにしても鳥でなければ認識できないデザインがなされているようにも思うものがある。
建築家はどう考えてそれを造るのだろうか。
仙川の安藤ストリートなどもこう言う視点から見てみたいと思うものの一つだ。
関連資料
カミロ・ジッテ(オーストリア)「芸術的原理に基づく都市計画」(未読)
この本について
「都市美を考えていく時に専門家の役割が大きい」と書いている。この本自体が専門書であるのでそれも間違いないのだろうが、戦前の都市美運動スローガン「わたしのおうちも景色のひとつ」と言う風景の公共性を忘れた日本人の中で建築家が啓蒙できるほど大きな力を持ち得るかどうか、私は疑問あり。
現在の1級建築士数32万人、2級まで合わせて101万人もいてこんな街並みしか産み出せなかったのだから。いったい専門家はどこで何をやっているのだろうと思われても仕方ないのではないか。それが今後どうすれば変ると言うのか。(黒川氏に東京都知事をお願いしたら変る?)
参考資料
「都市美 都市景観施策の源流とその展開」西村幸夫 学芸出版社
欧米各国の「都市の美観」を中心とした都市計画についての歴史を主に書かれた本である。
都市の「美」と言った場合に、誰から見た美なのか、美とはどんな状態なのか、そのために誰がどのような事をしてきたのか、また失敗してきたのかと言うのを調べたものだある。
注目しておきたいところを数点挙げておく
1.アメリカの「ニューアーバニズム」
一つの地区を開発する時に一人の建築家やデザイナーが全てデザインするような単調さも、その反対の無秩序も良しとしない。別々の建築家が関与しながらも一定の秩序を作り出す「都市のDNAとも言える建築コード」を計画家がアウトプットするそうである。
計画家が居るにしても、多くの人が関与しながら何らかの統一感ある街を作る手法はどのようなものなのか。この本では詳細がわからないので今後調べてみたい。
2.日本にも居た活動家
「橡内吉胤(とちないよしたね)」
「石川栄耀(いしかわひであき)」
日本にも都市美活動家が居たと言う事。
現在にはその志が全く途絶えて伝わる事がなかったのは残念。
3.シャルル・ビュルス(ベルギー)の「都市の美学」(未読)
技術面に偏った都市計画に反対し、土地固有の地形や歴史的建造物を生かした独自の魅力を引き出す街づくりを行った人である。
その中で「図面上でしか確認できない左右対称の幾何学的な計画」を「歩行者の視点から認識できない」と言う理由で否定している。
これは共感できる。先日行ってみた「豊洲ららぽーと」(これは都市ではないが)では平面図をみなければ建物が船とドックの形をしているとは気付かない。最近建設されている大規模再開発などでも平面図を見なければ意図がわからないようなものがある。高層ビルにしても鳥でなければ認識できないデザインがなされているようにも思うものがある。
建築家はどう考えてそれを造るのだろうか。
仙川の安藤ストリートなどもこう言う視点から見てみたいと思うものの一つだ。
関連資料
カミロ・ジッテ(オーストリア)「芸術的原理に基づく都市計画」(未読)
この本について
「都市美を考えていく時に専門家の役割が大きい」と書いている。この本自体が専門書であるのでそれも間違いないのだろうが、戦前の都市美運動スローガン「わたしのおうちも景色のひとつ」と言う風景の公共性を忘れた日本人の中で建築家が啓蒙できるほど大きな力を持ち得るかどうか、私は疑問あり。
現在の1級建築士数32万人、2級まで合わせて101万人もいてこんな街並みしか産み出せなかったのだから。いったい専門家はどこで何をやっているのだろうと思われても仕方ないのではないか。それが今後どうすれば変ると言うのか。(黒川氏に東京都知事をお願いしたら変る?)
参考資料
「都市美 都市景観施策の源流とその展開」西村幸夫 学芸出版社
2007/08/02
都市計画 川崎区
都市計画学
川崎区(神奈川県川崎市)の都市計画マスタープランの調査を行った。
川崎市都市計画マスタープラン 川崎区構想 -川崎市まちづくり局
川崎区のマスタープランを見てみると、理念から数段階を経て細かい項目に向って記述されていく。これでは全体としての「出来上がりイメージ」がつかめない。理念の部分は悪く言えば奇麗事であるし、行政としては実行プランが出ればそれで良いのだろうが、結果「あれもできました、これもできました」で済まして良いとも思えない。
そこで上図のような分析をしてみた。
地域に「付加価値」を付ける軸、既存の財産を「補修-変化させる」軸で表現されるチャートに各実行プランをプロットした。(従って、この図はマスタープラン中のものでなくオリジナル。)
ここから導き出せるのは川崎区が「産業」と「住環境」の2方向でプランを考えていると言うこと。さらにその中身は2つに分かれていて、各々「前時代の後処理」と「新規開拓」である。
これら細目の中にはテーマとして挙げているが実効性の無さそうなものも含まれる。総じて産業誘致型の従来からの政策を継承していると言えるだろう。
この図の前に地域の成立ちと現状の問題点なども見ておく必要があったが、マスタープランに採り上げていない川崎区特有の大きな問題も存在するように思われた。それは風俗営業密集地区の存在やギャンブルや区人口の5%を占める外国人居住者への利便性向上である。
川崎は以前より明るくなったとは言え依然として風俗で有名であり、外国の姉妹都市があり外国人がこれほど居住していながら道路標識などの表記は日本語でしかなされていない。
人も企業も流動的な川崎と言う大都市にあって、誰を住民と考えるか、策の見出し難い問題をどう都市計画に取り入れるか、などいろいろな問題を含んでいる。
また川崎の行政は市民とより企業と仲が良い傾向がある。商業地区の再開発にしても外部企業を誘致するだけで住民にチャンスを与えるものでは無い。これは都市部のどこの自治体でもその傾向がある。(北九州の場合は割りに地元にチャンスがあったように思われた。)単に新しい消費地としての再開発に過ぎない。その結果、どの街も似たようなものがある特徴の無い街になっていくのであろう。
川崎におけるマスタープランでは住民参加度合いが低いように感じられたが、選挙以外に直接参加できる機会として注目すべきものかもしれない。
2007/07/31
ル・コルビュジエの都市計画
ル・コルビュジエの都市計画について調査している。
調査内容は前回ほぼ書いたのでここでは触れない。
ただ、困るのがル・コルビュジエの都市計画について「後世の都市計画に多大な影響を与えた」と多くの資料に書かれているにも関わらず、具体的にどの部分であるとか実際に行われた計画に影響を与えた事例、現在の計画方法でどう考慮されているか等を記した資料が全く見つからないのだ。後の批判意見だけはいくらか発見できる。
(ちなみに一つ前の記事に挙げたC・アレクサンダーも「パタン・ランゲージ」によって批判票を1票投じているらしい。)
どうもこの分野では新しい研究が多く出てきていて、過去の案は批判の対象として見られるだけのものになっているのかも知れない。
ル・コルビュジエは書物にして自らの案を丁寧に説明しているのでそれについて他人が意見を言う機会が多い事、計画が壮大過ぎて実行可能な思想と考えられなくなってしまった事などによって、「後世の都市計画に多大な影響を与えた」の一言で済まされるものになってしまっているように感じられる。
まるで神棚へのお供え物である。思考停止である。巨匠礼賛はこう言った後遺症も産むものなのだろう。
巨匠礼賛に組するわけではないが、ル・コルビュジエの都市計画について一言書いておく事にする。
「ル・コルビュジエの都市計画における思想は、人間生活の延長上に都市が存在すると位置づけるものであって、機能主義と言われながらもそこには人間臭さが感じられる。実行するのは国家であるとしたが、アカデミックでも権威主義的でもない人間中心の考え方については現在でも学ぶものが多いと結論付けたい。」
調査内容は前回ほぼ書いたのでここでは触れない。
ただ、困るのがル・コルビュジエの都市計画について「後世の都市計画に多大な影響を与えた」と多くの資料に書かれているにも関わらず、具体的にどの部分であるとか実際に行われた計画に影響を与えた事例、現在の計画方法でどう考慮されているか等を記した資料が全く見つからないのだ。後の批判意見だけはいくらか発見できる。
(ちなみに一つ前の記事に挙げたC・アレクサンダーも「パタン・ランゲージ」によって批判票を1票投じているらしい。)
どうもこの分野では新しい研究が多く出てきていて、過去の案は批判の対象として見られるだけのものになっているのかも知れない。
ル・コルビュジエは書物にして自らの案を丁寧に説明しているのでそれについて他人が意見を言う機会が多い事、計画が壮大過ぎて実行可能な思想と考えられなくなってしまった事などによって、「後世の都市計画に多大な影響を与えた」の一言で済まされるものになってしまっているように感じられる。
まるで神棚へのお供え物である。思考停止である。巨匠礼賛はこう言った後遺症も産むものなのだろう。
巨匠礼賛に組するわけではないが、ル・コルビュジエの都市計画について一言書いておく事にする。
「ル・コルビュジエの都市計画における思想は、人間生活の延長上に都市が存在すると位置づけるものであって、機能主義と言われながらもそこには人間臭さが感じられる。実行するのは国家であるとしたが、アカデミックでも権威主義的でもない人間中心の考え方については現在でも学ぶものが多いと結論付けたい。」
2007/07/28
パタン・ランゲージ
建築を考えていくうちに、どうしても突き当たる所に「美」の問題がありそうに思う。
前回、建築造形Ⅰのスクーリングで先生(もちろん現役建築家)に問うたところ、どうも現代の建築では「建築家は自分自身の美観を信じる」と言うことらしかった。この前の建築史の試験に出た「装飾を主題にする建築様式」と「非装飾」においては、装飾主題の場合はやはり個人の美観、非装飾では普遍的な美(比例)と対立していた。最近読んでいるル・コルビュジエについてはもちろん比例である。
結局それはどちらを採用するかと言うことであって、つまり建築史上では「流行」なのかも知れない。もちろん建築史と言っても、日本における建築の「美」、アジアやその他地域の「美」については何故かほとんど触れられていないのであるが。
そこで必ず出てくるのが「パタン・ランゲージ」だ。パタン・ランゲージがある街並みだからと言ってそれが必ず「美」と結びつくかと言えば、「わからない」としか言いようが無い。「比例」を一つのパタン・ランゲージだと考えれば「美」の一つと言えなくもないが。
ただ、外観に何らかの統一性を持つ街並みは「良い」ように感じる。
旧街道の宿場町や京都町や街並みは「良い」ように思う。これは街並みに限らない。綺麗に円錐状に刈り込まれた銀杏の並木、玩具店の店先にある箱の中に並んだ100個もの子豚の人形、果物屋店頭に並んだ琵琶やリンゴ、飛行機で上空から見たプランテーション農場の椰子の木などなど、よろず似たような物が綺麗に並んであるパタンを成していると「良い」。
これは「良い」のであって「美」ではないかもしれない。
絵画作品の「美」にはこういったパタンはあまり無い。アンディー・ウォーホルの作品などにはあるようだが。彫刻作品にはあると思う。
それで、今後読んでみたい本を見つけた。
「パタン・ランゲージ」C・アレグザンダー 鹿島出版会(SDライブラリにもあり)
「パタンランゲージによる住宅の建設」C・アレグザンダー 鹿島出版会(SDライブラリにもあり)
「パタン・ランゲージによる住まいづくり」中埜 博 井上書院
また上記「パタン・ランゲージ」を基に川越市の景観ルールが作られたとの事なので、そちらも実際に見てみたい。
自主協定の景観ルールで町並み保存
しかし、これは大学の科目内容とは全く関係ない。道草を食うだけだ。
変更
「アレクサンダー」ではなく「アレグザンダー」が正解なので訂正。
前回、建築造形Ⅰのスクーリングで先生(もちろん現役建築家)に問うたところ、どうも現代の建築では「建築家は自分自身の美観を信じる」と言うことらしかった。この前の建築史の試験に出た「装飾を主題にする建築様式」と「非装飾」においては、装飾主題の場合はやはり個人の美観、非装飾では普遍的な美(比例)と対立していた。最近読んでいるル・コルビュジエについてはもちろん比例である。
結局それはどちらを採用するかと言うことであって、つまり建築史上では「流行」なのかも知れない。もちろん建築史と言っても、日本における建築の「美」、アジアやその他地域の「美」については何故かほとんど触れられていないのであるが。
そこで必ず出てくるのが「パタン・ランゲージ」だ。パタン・ランゲージがある街並みだからと言ってそれが必ず「美」と結びつくかと言えば、「わからない」としか言いようが無い。「比例」を一つのパタン・ランゲージだと考えれば「美」の一つと言えなくもないが。
ただ、外観に何らかの統一性を持つ街並みは「良い」ように感じる。
旧街道の宿場町や京都町や街並みは「良い」ように思う。これは街並みに限らない。綺麗に円錐状に刈り込まれた銀杏の並木、玩具店の店先にある箱の中に並んだ100個もの子豚の人形、果物屋店頭に並んだ琵琶やリンゴ、飛行機で上空から見たプランテーション農場の椰子の木などなど、よろず似たような物が綺麗に並んであるパタンを成していると「良い」。
これは「良い」のであって「美」ではないかもしれない。
絵画作品の「美」にはこういったパタンはあまり無い。アンディー・ウォーホルの作品などにはあるようだが。彫刻作品にはあると思う。
それで、今後読んでみたい本を見つけた。
「パタン・ランゲージ」C・アレグザンダー 鹿島出版会(SDライブラリにもあり)
「パタンランゲージによる住宅の建設」C・アレグザンダー 鹿島出版会(SDライブラリにもあり)
「パタン・ランゲージによる住まいづくり」中埜 博 井上書院
また上記「パタン・ランゲージ」を基に川越市の景観ルールが作られたとの事なので、そちらも実際に見てみたい。
自主協定の景観ルールで町並み保存
しかし、これは大学の科目内容とは全く関係ない。道草を食うだけだ。
変更
「アレクサンダー」ではなく「アレグザンダー」が正解なので訂正。
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