建築設計Ⅱ-2、前川國男邸の保存と活用の成績が到着した。
結果は「A」だった。
講評では、コンセプトとプレゼンテーションにオリジナリティはあるが、コンセプトと建築の間に距離があり過ぎるので飛躍する一歩前の段階で説明が必要だとの事。
この「説明」と言うのは言葉での説明で良かったのかそれとも図によるものにすべきか、ちょっと今は思い付かないが、確かに既存建築物と新規建築物の違いを明確にしようとした意図がそう見せてしまったのかと思う。今回は設計のカラーをモダニズムの再解釈としたために、絵で分かってもらえるだろうと不親切なプレゼンにしてしまった事もあるが、本当はそのあたりが表現力の弱さだろうし卒研でも悩んだ点であると反省せねばならない。
講評ではこのあたりを具体的に書いていただいている。
「ヴォリューム化とは近代化であり、前川自邸とはその間に揺れるコルビュジェ建築と日本的伊勢の軸組がコンセプトのヒエラルキーにトップに来た後で、構成の方法論に行くべきだが、プレゼンテーションでは逆になっている。」
(「ヴォリューム化」で始まっているのは提出した設計中で既存建築物からヴォリュームを取り出して評価した事に対して言われているため。)
全くその通り。軸組についてはこれも分かるだろうと思い目立たせるだけで説明を省いてしまったことに寄ると思われる。不親切であるし、ヴォリュームについての説明は図で入っていたから、「なぜそこから入るのか?」と思われるのは当然だったろう。やはり前川邸を評価するには順を追って軸組から入るべきだし、それをプレゼンではきちんと言うべきだった。
こう言うプレゼンにも、単に見た目をどうにかするだけでなく、きちんとした論理性を見せる必要があるのだと再認識、かつ反省させられものがあった。的を射た厳しい評価はたいへんありがたいものだ。
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(2021年~)
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コンテンツ概要
2009~2013年:建築物と建築についての雑記です。
2007~2009年:大学の課題に関するノートです。
2009/02/05
2009/01/01
前川國男邸の保存と活用案 完成

結局、2008年中には終わらず2009年に持ち越してしまった。
とりあえずこれでフリーズして日が昇ったら郵便局に行くことにしよう。
建築物の用途は「建築専門書店」とした。
Amazonで建築関係の和書を検索すると建築専門書と一般書を合わせて約14000冊となる。その半数の7000冊を在庫できる容量を持たせている。また建築の専門書は重くて高価なものが多いので書店で見ても買わずに長時間見ることも多くなるため、全体をリビングのような場所とすることを目標とした。
それにより歴史的建築物を街から切り離すことなく自由に見ることができる。書店入り口とカフェが道路に面していない事はその為である。前川建築にある長いエントランスを模してもいる。但し、ある程度コントロールが必要なので通路にはカフェを置いている。
造形としては見て分かると思われるが前川國男邸のボリュームをそのまま取り出して再構成したものである。これにより書店の空間でありながらも前川建築の空間ボリュームを感じることが可能なようにした。寸法体系は前川國男邸からそのままいただいていて、909mmとその2倍、3倍、1/2などを組み合わせて配置までも行っている。
赤い柱と梁は伊勢神宮の棟持柱、またはコルビュジェ作品などからもいただいている。全体も多くのボリュームを上方に持ち上げてピロティを構成するようにもした。
屋根ボリュームの一部を南庭に単にFollyとして置き、北側との繋がりを感じさせるようにした。前川邸は自由に配置することも可能であったが、この建物は厳密に南北を考えて建てられているのでその軸をずらしたり逆向きの置き直す事は憚られた。これは、南庭を隣家の日陰になってしまうほどに狭くする事もできない事を意味するわけであるから南庭はできるだけ広く残す必要があった。
退出するA2サイズの紙2枚には文字をほとんど書いていないが、形から見て多分この程度の事は汲み取ってもらえるだろうと期待。この時期に出す課題はいい加減に手を抜いてやると、今後に提出する卒研の方もそんな目で見られる可能性が無いとは言えないので、怖い。そう言う意味も含めて思ったより大変だった。
追記
使用ソフト
1.図面及びパースの元画像はAutoCAD Architecture2008(学生版)。->完全に3Dモデリング機能のみ使用し2Dは使っていないので、自分で描いたものなのに平面図はこれを出力する時に初めて見た。水平断面図作成機能を使って平面図を作成。
2.水彩風の効果はImpression2。->持っていないので使わせていただいた。操作が簡単で良いと思う。
3.1枚目のレイアウトはOpenOffice.orgのDraw。(フリーソフト)->オフィススイートにオマケで付いてくる機能なのに完成度が高くて操作も楽だった。エクセルやワードのオートシェイプとほとんど同じ操作だからか? この程度のレイアウトや基本的なお絵描きならこれで充分。
4.2枚目のレイアウトはInkscape。(フリーソフト)->操作が簡単なのに機能的には充分。今まで使ったソフトの中で一番使いやすいかもしれない。ワード、エクセルより楽だ。
2008/12/31
2008/12/30
2008/12/29
2008/12/28
2008/12/27
2008/12/25
2008/12/24
前川邸で大失敗
2008/12/19
前川國男邸
2008/12/17
思ったより簡単じゃない
建築設計Ⅱ-2のために資料を読んでいるが、予想より簡単にはいかないようだ。
まず、課題では既存建築物(前川邸)を20x25mの敷地の「南に寄せて配置」としているが、元々この建物が南に寄せて建てられるわけが無い。南庭を大前提とした造りなのだから。敷地の南半分を売ってしまったと解釈すべきだろうか。
また元の設計者が前川氏本人ではなく、(もちろん何も判断せず全てお任せと言うことではないが)設計をするにあたって着想を得たものに対して前川氏がどう解釈していたかが文章にも言葉としても残っていない。従って前川氏が手がけた設計の中に同類と思われるものが全く見つからない。つまり、この建物に対する前川氏の意図がどうであったのか、判断し難い。
panoramas:前川國男邸
参考資料
前川國男関係の資料
「生誕100年 前川國男建築展 図録」実行委員会
「前川國男のディテール」前川國男・MID同人 彰国社
「前川國男邸復元工事報告書」江戸東京たてもの園
「建築家 前川國男の仕事」美術出版社
保存・再生・活用関係の資料
「建築の保存デザイン」田原幸男 学芸出版社
「リファイン建築へ」青木茂 建築資料研究者
「歴史ある建物の活かし方」学芸出版社
まず、課題では既存建築物(前川邸)を20x25mの敷地の「南に寄せて配置」としているが、元々この建物が南に寄せて建てられるわけが無い。南庭を大前提とした造りなのだから。敷地の南半分を売ってしまったと解釈すべきだろうか。
また元の設計者が前川氏本人ではなく、(もちろん何も判断せず全てお任せと言うことではないが)設計をするにあたって着想を得たものに対して前川氏がどう解釈していたかが文章にも言葉としても残っていない。従って前川氏が手がけた設計の中に同類と思われるものが全く見つからない。つまり、この建物に対する前川氏の意図がどうであったのか、判断し難い。
panoramas:前川國男邸
参考資料
前川國男関係の資料
「生誕100年 前川國男建築展 図録」実行委員会
「前川國男のディテール」前川國男・MID同人 彰国社
「前川國男邸復元工事報告書」江戸東京たてもの園
「建築家 前川國男の仕事」美術出版社
保存・再生・活用関係の資料
「建築の保存デザイン」田原幸男 学芸出版社
「リファイン建築へ」青木茂 建築資料研究者
「歴史ある建物の活かし方」学芸出版社
2008/12/16
建築設計Ⅱ-2をやろう
建築設計Ⅱ-2をやろうと資料集めをしていたが、さっき課題を良く読み返すと変なことに気付く。
敷地が南北20mx東西25mになっているのに、その下に北を上にすると縦長とも書かれている。これは横長ではないのか?
誰か質問した方がいたら教えてください。
追加
上の事は勘違いであると判明。
南北の距離が20mと言うのではなくて、北と南の境界線の長さが各20mと言う意味で書かれているのだった。だから縦長で合っているわけだ。
これを疑問に思う人は他にもいる?
敷地が南北20mx東西25mになっているのに、その下に北を上にすると縦長とも書かれている。これは横長ではないのか?
誰か質問した方がいたら教えてください。
追加
上の事は勘違いであると判明。
南北の距離が20mと言うのではなくて、北と南の境界線の長さが各20mと言う意味で書かれているのだった。だから縦長で合っているわけだ。
これを疑問に思う人は他にもいる?
2008/06/03
木造モダニズム展

竹中工務店東京本店のギャラリーA4(エークワッド)で行われていた「坂倉準三/前川國男/木造モダニズム展」へ行って見た。
建築設計Ⅱ-2の課題に関係のある前川國男の展示は東京建物園にある実物建物内の展示内容とそれほど変わるものでは無かったが、図面やスケッチはちゃんとあった。それに木材でできたスケルトン模型も。
展示のメインは前川國男自邸、坂倉準三の飯箸邸。
飯箸邸は軽井沢にレストランとして移築されたので実物部品とともに詳細な調査も展示されていた。
それ以外は以下のそれほど大きく無い写真パネルの展示。
ライト:旧林愛作邸
堀口捨巳:小出邸(建物園にある。)
藤井厚二:聴竹居
レーモンド:夏の家
土浦亀城:土浦邸
清家清:森博士の家
井上房一+レーモンド:旧井上房一邸
増沢洵:コアのあるH氏のすまい
吉村順三:森の中の家(造形Ⅲの模型課題の建物)
篠原一男:白の家
個々に書物などを調べればこの展示の内容は特に珍しいものではないのだが、これらを並べて共通項を見出すことに意味があると思われるので、興味あれば上記のものをネットで見直すのも良いかと思う。
簡単に言うと、彼ら建築家は近代建築の洗礼を受けたことで日本の伝統建築を一歩引いたところから、ある意味冷静に見られたと考えられる。もちろん外国人はそうに違いないが、日本人の建築家においても、日本の伝統建築の中に近代の要素を見出している。そこに「自由」と言う要素、「幾何学」と言う要素、機能どうしの「有機的つながり」などの近代建築の要素を巧みに加えて再構成しているようである。
単に形から見ると、パーティション、単なる通路となる廊下が極度に少ない、各形状を幾何学で捉え直していること、窓の大きさが自由と言う共通点があることに気付いた。
近代を学んだからと言って全てを西洋のやり方に変えてしまうような、所謂日本人が好きな西洋カブレにはならなかったらしい。そして、新しい建築を日本の伝統建築の後に繋げようとしていたようにさへ感じららる。それだけ日本人としてのアイデンティティを重く感じていたからなのか、それとも近代建築のパイオニアとしての責任感であるのか、それとも他の事情なのかまでは別に調査せねばわからない。
これが現在の我々だったらもっと軽く西洋風をコピーしてしまうだろうし、そこに日本の伝統を残すとなれば単に畳敷きの部屋を挿入する程度だろうか、などとも考えてしまった。今の我々ならそれを「残す」だけであって何の責任も感じずにそれっぽい何かを造ってしまうところだろうか。それが近代建築の自由ではないと巨匠達は言うであろうけれども。
2008/04/27
前川國男邸の見学

江戸東京たてもの園に移築された前川國男邸を見学した。
これは建築設計Ⅱ-2の課題(本建築物の改築と増築)のためである。
前川邸は以前資料写真で見ていたが、実物を見るのは初めて。資料ではわからない面白い部分もいろいろあったが、今日撮影した写真のうちここに載せようと思ったのは、こんな普通の(他でも見られる)写真だ。
それは何故かと言えば、どうしてもこの中央にあるこの丸柱が一番の特徴のように思えるからに他ならない。
2階分に吹き抜けた中央の大きな部屋、その両サイドに見える2つの小さな四角い部屋、それを囲むような三角屋根、そして中央には棟持の丸柱。どうみても日本古代の神殿造りが近代建築を包み込んでいるようにしか見えない。それが一番わかるのはやはりこの普通で、静的な写真なのではないか。
前川國男についてはもう少し資料を集めて、それから課題にとりかかろうと思う。こんな構成を選ぶには単に近代建築の意味を超えた何か別の意図があるに違いないのだから。ゆっくりやることにしたい。
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