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2009/01/10

ドローイングの参考資料

「建築プラン スケッチtoビルド」グラフィック社
「第5回ヒロシマ賞受賞記念 ダニエル・リベスキンド展」広島市現代美術館
「現代建築家集 ダニエル・リベスキン」シグマユニオン
「現代建築家ドローイング集成」グラフィック社
「GAアーキテクト5 <ザハ・ハディド>」GA
「ArT RANDOM Zaha Hadid Nigel Coates」KYOTO SHOIN INTERNATIONAL
「世界の建築家-思想と作品」彰国社
「建築ドローイングの技法」フランシスD.K.チン 彰国社(実はあまり見ていない。)

2008/04/12

建築史演習のレポートが帰る

建築史演習のレポートが帰った。

結果は「A」だった。
ほっとする。
あれだけ書いて、いや逆にあれだけ書いたからこそまだ臨場感の無い文章が心配だったからだ。とりあえず良く読んでいただいた事に安堵感あり。

特にジョグジャの伝統建築と街の構造を関連付けた視点のユニークさは評価していただいたようだ。ただ伝統建築の調査の中で柱や壁のサイズが計測されていない点、平面図が1軒分しか添付されていないなど、なお深く調査すべきだったとの指摘もあった。

確かに個人宅を計測している関係上、だいたいの平面構成を計測したり撮影で手一杯であったこともあるが、指摘はもっともだ。まあ初めての経験にしてはまずまずであったかもしれない。個人的にももう少し深く調査してみたい題材ではある。

また先生にはこの調査内容に関連する資料をレポートと同じ厚さ分コピーして同封いただいた。講評を合わせて読ませていただこうと思う。

2008/03/09

遺跡の写真公開

中部ジャワ遺跡群の写真を公開した。

BOROBUDUR


こちらはプランバナン地区のいくつかの遺跡をまとめたアルバム。
PLAMBANAN

建築史演習のレポートを提出

建築史演習のレポートを提出した。
図表含む全部で62枚(内A3の計測図1枚)。
316.5gで送料は45円だから往復で90円。

内容は帰国後に書いた記事から変更無しとした。
今回は持ち帰った写真などの資料が多く、整理しながら使うものを選ぶのがたいへんだった。。結局テーマを絞り切れず、網羅的になってしまった。こんな物を基礎知識の無い人に読んでもらうのだから、少々つまらない読み物と言われてしまいかねない。こちらはまだ現地の臨場感の中にあるのでそのギャップは大きいだろう。
仕方ないので現地の写真をいくつか集めてA4にコピーして添付した。

2008/03/02

BATAVIAのコロニアル建築

0802Jakarta


ジャカルタ北部コタ地区の写真をGoogleWabアルバムにアップしました。
あまり良い写真ではありませんが雰囲気は感じられるかと思います。
(上の写真をクリックして見てください。)


大きな地図で見る


Picasaからボタンを押すだけでこんなに簡単に写真公開できるとはびっくり。知識はあったけれど実際にやってみないとわからないものだ。

2008/02/26

ジャカルタのコロニアル建築群


帰国前にジャカルタ北部のコタ地区を見て回った。

ジャカルタにはそれほど興味があったわけでは無いが、空港出発が朝6時半であるためにどうしても1泊は必要だったのだ。通常ならば物価の高いとされるジャカルタであるから安い宿が多い地区を選ぶべきだと思われるが、オランダ時代のバタビアの雰囲気がどれだけ残っているか確かめてみようとコタ地区を選んだ。

ガイドブックにはほとんど情報が無かったのであまり期待はしていなかった。それ故、観光客らしき人影も全く無し。しかし結果的には老朽化しメンテナンスは充分でないが中央運河の両岸にはバタビアの雰囲気を残すコロニアル建築物が多くあって楽しい散歩となった。中には近代建築にもありそうな意欲的意匠のものもあった。


今回はこの地域についてのレポートは書くつもりは無いが、もし(万一? きっとそんなあ人はいないだろうが)誰か興味あって見に行くのであればお勧めしたい地域である。ちなみに観光地でないので誰も声をかけて来ないからインドネシアにしては楽に歩ける場所と言える。それに近くに中華街があって食べる物も豊富だし、良くて安いホテル(AC、ホットシャワー付きで2000円以下)も多くあるようだ。また空港からも遠くない。

ジョグジャカルタの街の別の構造


前記事で王宮を中心としたジョグジャ旧市街について述べたが、それとは別の構造も存在することがわかった。

ジョグジャはオランダの東インド会社による貿易とともに発展した比較的新しい街であるため、その事実と切り離して現地の伝統様式だけを論じるのは片手落ちなのである。

王宮中心の旧市街とは別に、マリオボロ通りには全く別の様式の建築物が多く存在する。それは「ショップハウス」である。ショップハウスがあると言う事は、ここに中国人商人が居住していると言うことになる。(写真はマリオボロのショップハウス)

現在はそれほど目立たなくなってしまっているが中国人の経営している漢薬店も存在しているし周辺には中国系住民も多いように見受けられた。さらにその周辺部には労働者のための長屋形式(LIMASAN-リマサン)が存在している。


またオランダの影響を受けたコロニアル風意匠も使われているのも見られる事で、ジョグジャの歴史方向の奥行きを感じられるのである。

ジョグジャカルタの街と伝統家屋



もう一つの課題は都市や村の発展についての調査である。
前記事に示した通り遺跡(歴史的建築物)の調査とこの調査をできるだけ同じ地域でと考えた結果、中部Jawaのジョグジャカルタ(インドネシア)を選んだ。

上の写真は最初に発見し、見せていただいた家屋である。この時点でジョグジャカルタ(以後、ジョグジャ)の伝統建築様式についての予備知識は全くのゼロであった。

これを見つけたのは本当に偶然で、食べ物屋を探して一人歩いている時に視界に入ってきた。この様式の建物は街並みの中にはそう多くあるものではないし、街場にあってこれだけ余裕ある敷地に建っていると言うのも現在では珍しい。但しかなり痛んでしまっている。


簡単に紹介しておくと、この中折れ屋根形式の建物をJOGLO(ジョグロ)と言う。

ジョグロには柱の本数と大きさによって7種類あるとされるが、これは中央の大黒柱にあたる柱(ソコ・グル)が4本のものだ。4本のソコ・グルは地面に据えられた基礎石に刺してあり、上部は三重の組梁で接続されている。その為、ソコ・グルがほとんどの荷重を支えていて周囲の庇を支える細い柱や壁はオマケのようなものである。壁に至っては無くても成立する。なぜならジョグロを主に使用する建屋は儀式や接客に使う事が多く、つまり他に寝室や居間を造ればここで日常生活をしなくても良いからである。

ジョグロはジョグロだけでは成立しない。その後方に生活に必要な幾つかの建物を順次付け足していく必要があるからだ。付け足していくと言うのは別棟を屋根の庇(ひさし)を接続する形で建てたり、全く離して建てたりするのである。つまりジョグロだけでは伝統家屋は成立せず、敷地計画を含めて伝統家屋の様式となるのである。



この家を見た後にジョグジャの旧市街を歩いて見ると大変に興味深い事実がわかった。

ジョグジャの王宮を中心とする旧市街はまさにこの伝統家屋と相似形の拡大版なのである。そもそもジョグジャの旧市街は市街、つまり都市であると同時にスルタン(王)の家そのものだったのである。

王宮は北向きでメインストリートであるマリオボロ通りに面しており、そこから南に儀式や客人を迎えるジョグロ、奥に行くに従ってプライベート空間となり、最も奥(南)には使用人たる軍隊の集合所とそして東西南の3面は王家のために何らかの役目を担う多くの市民が居住している。これらは全て城壁で囲まれている。


さらに興味深いのは現在のジョグロを採用しない家屋であっても、ホテル(西洋式でない)にあってもこの形式の縮小版相似形の構成を採っていることだ。例えば日本のホテルの部屋は通路側は鉄の扉から入ると一番奥に開放された窓が存在し、扉の近くにバスルームがある。日のあたる方を前面としている。ジョグジャのホテルは通路側の扉の横に窓があり、通路を通る他人と目が合うしその通路にテーブルと椅子を設置して寛ぐようになっている。またバスルームは必ず一番奥に設置されていて側面壁や奥面に一つも窓が無いのは平気である。これは一般家庭の家屋でもどんな建物でも同じである。

それを前提にすれば、資料によっては王宮が聖なる山「ムラピ山に向いている」と書いているものがあるが、これは明らかに間違いである。実際に王宮から正面を眺めてもムラピ山は少し東に外れていると言う事実もある(そしてジョグジャにあるもう一つの王宮、パクアラマン宮は明らかに南向きでそこにある通りに面して建てられている)が、ジョグジャの家屋は「常に通り(ストリートや通路)を正面として作られる」のである。

Borobudurの特殊性


まず、Jawa行きで感じた幾つかの事柄について簡単に記しておく。

今回のJawaでの最大の目的はBorobudur(ボロブドゥール)である。
この遺跡とともに参考資料(東洋建築史図集)にはPrambanan(プランバナン)地区のロロ・ジョングランと言う同じく中部Jawaのヒンドゥー遺跡も掲載されており、ほぼ同時期の8世紀半ばから9世紀前半に造られている。BorobudurとPrambananは直線にして約35kmしか離れていない。つまり仏教とヒンドゥー教が共存していたと考えられるのだ。

限られた資料に掲載された遺跡を別々のものとして眺めていたらそれはそれで済んでしまうのであるが、(もちろん地区別に書いてあるので隣り合って掲載されている)2つ課題のために両方一緒に済ませることのできる「地域」を検索していたためにたまたま気付いたわけである。もちろん、自分の自由に動ける地域と言う限られた条件で見ているのであるからどうしても気付かざるを得ない。


実際にBorobudurとPrambanan地区にあるロロ・ジョングランを見ると確かに関連が深かった事はすぐにわかる。その石に刻まれた目立つ部分の意匠や工法において違いが無いからだ。門や窓の上部には鬼面カーラ、その下にはマカラが刻まれていて、何の予備知識が無ければ両者に信教の違いがあるとは思わないかもしれない。

そしてPrambanan地区にはBorobudurと同じ王朝が造った多くの仏教遺跡が存在し、数十メートル離れてロロ・ジョングランを取り囲んでいた。資料によれば両者を造った王朝には婚姻関係すらあったそうであるから、信教が違うとは言え似ているのは理解できない事ではない。



ここではその詳細は資料に任せて書かないが、実際に見て思うのはBorobudurだけは他の遺跡とは随分違うと言うことだ。

1.Borobudurには囲いが無い。同じ王朝によって造られた仏教遺跡にもロロ・ジョングランにも多分全てに低い囲い塀が存在するが、Borobudurには無い。

2.Borobudurの壁画は教示的である。遺跡の回廊に沿って全長5kmほどにも及ぶ壁画が刻まれていて、これらはインド伝来の仏教文献によるものであるが、単なるお話やお経のようなものではなく、見に来た者に仏の教えと良き生き方を分かり易く伝えようとする寓話まで含まれるのである。

こう言う建築物が単なる王家の墓所、それも葬られた者の名も刻まれない墓として建てられた物なのであろうか。巨大な国土を治めた王が建てた巨大な建物、と言うと何かしら権威主義的な感覚を持って解釈してしまいがちであるが、Borobudurをそう受け取ってしまって良いものなのだろうか。

建築時の碑文などが見つかっていないので誰にも断言できるものではないが、これはどう見ても特殊な建築と思えるのである。そう考えると当時の王朝は現在の我々の思う国や権力の概念から離れたものであった可能性も無いでは無いし、人の生き方と言うものさへ想像とは全く違っているのかも知れない。

2008/02/23

帰国

昨日(2月22日)夜にジャワから帰国した。

今回のジョグジャ行きはとても有意義だった。
雨季であるにも関わらずほとんど雨に行く手を阻まれる事がなかった。同じジャワ島の他の都市では洪水に近い状態がニュースで報じられていたにも関わらず、歩いている時間中に靴の中まで滲みてくるほどの雨に遭わなかった。

それに加えて多くの出会いが有り、日本ではあまり聞くことも読む事もできないような情報に接することができた。事前には調べられなかったし予測もできなかったような情報に。本当に驚きだ。

詳細は追って書いていくことにする。



最後に、事前にいろいろと情報を集めておいてくれた愛妻の友人であるY子さんに感謝する。

2008/01/24

ジョグジャへ

2月1日から22日までジョグジャカルタへ行くことにした。
建築史演習のレポートは無期延期にしようかと思っていたが、やはり行くことにした。妻は最初嫌がっていたので一人で行くかと思ったのだが、何だかんだ(いろいろな事情や思いがあると言うこと)で一緒に行くことにさせてしまった。(愛妻ありがとう。)今日代理店へ行き、チケットの手配をして来た。楽しんで来ようと思う。

目的はプランバナン、カラサンとボロブドゥール遺跡の調査、ジョグジャカルタの街並の調査。

スケジュールは2月1日午後に成田から台北へ。2日に台北出発し午後にジャカルタへ。2日はジャカルタ1泊。3日にバスでジョグジャへ行く予定。その後は未定。


大きな地図で見る

中華航空往復航空券21日FIX:48000円
 (但、成田-台北-ジャカルタ)
航空保険料+燃料サーチャージ:17760円
成田空港使用料:2040円
(小計:67800円)

上記以外にかかる費用
台北での空港使用料:NTD300x往復で2回=約2000円(無いかも知れない)
インドネシアビザ代:US$25=約2800円(入国時US$での支払いが必要)
インドネシア空港税:100000ルピア=約1200円(出国時)
(合計:73800円/人)

2008/01/18

「イスラーム世界の都市空間」より



イスラム建築と都市についての予備知識のために「イスラーム世界の都市空間」(科目概要に掲載されている参考書)をざっと読んでみた。 (本書はアジア地区についての調査報告が無いため、前半部分の都市総論的な部分だけ目を通し、後半の各都市については読んでいない。)

内容に触れる前に、この文献のうちの幾つかは(筆者によっては)読みにくい文章が多いと感じる。さすがに建築関係者が書いているだけあって「みごとな」「ダイナミックな」などの何を指すかわからない形容詞が使われている文章が各所に入っていて、これが学術的意味をもってまとめられた文章なのかと疑いたくなるものである。


簡単なイスラーム都市のまとめ
(但し、どのイスラム圏の都市にも当てはめられるものではない。あくまでも一般論。)

特徴
1.コスモロジー(宇宙観)と都市構造が結びつかない。
ヒンドゥー教建築ではそれを統合しようとし、中国建築には風水があるが、イスラムにはそう言う意図が働かない。現実的な構成をとる。

2.中央のマスジッドを中心とした商業都市となっている。外来者が広い通路を通じて中央部の商業域までアクセスし易い。

3.商業域以外の住居域の通路は2級、3級、袋小路のようなヒエラルキーがあり、プライベートな都市領域となっていて、公的な都市領域とは2分されている。

4.ギブラと呼ばれる軸線がある。これはメッカの方向を向く。(厳密でない場合が多い。)

アジア地区のイスラム都市や建築にこの法則がどれだけ適用されているかはわかならい。


個々の建築について
5.イスラム教では建築の様式に無頓着である。現在の外の世界の我々がイスラム様式のように見るものは、実はイスラム教と関係あるとは言えず地域性、歴史の中で発生してきた構法を採用しているだけと考えられるも
のが多いことに注意。


参考資料
「イスラーム世界の都市空間」陣内秀信・新井勇治 法政大学出版会

2008/01/16

東南アジアのヒンドゥ建築

「ヒンドゥ教の建築」と言う本から東南アジアのヒンドゥ建築の特徴の概要を簡単にまとめた。

東南アジアのヒンドゥ建築の特徴

建築物の特徴
1.形態を宇宙論その他の思弁に結び合せる試みがある。統合的である。
2.神話上の観念を表現する配置構成となっている。
3.軸線的な平面計画と厳密な東西南北配置である。
4.国王の首都との結合。国の支配者を神と同一視する傾向にあり、神の居場所かつ国王の霊堂である。
5.露壇式寺院と宇宙の聖山、メール山に見立てている。

地域
1.カンボジア
~4世紀のフナン王朝

2.バリ
11世紀~ゴア・ガジャ、グヌン・カウィ
14世紀のブサキ寺院

3.ジャワ
(中部ジャワ)
シャイレーンドラ朝
 8~9世紀
  ディエン、グドン・ソンゴの山地(インドの影響)
  ->以後仏教寺院が建てられる。ボロブドール
 9~10世紀
  ロロ・ジョングラン(再びヒンドゥとなる。)

(東部ジャワ)
シンガサーリ朝
 10~13世紀
  マランのキダル寺院(独自の造形へ発展)
  シンゴサリ寺院
マジャパヒト王朝
 14世紀
  パナタラン(王の霊堂の意味が強くなる。)


参考資料
「ヒンドゥ教の建築 -ヒンドゥ寺院の意味と形態-」ジョージ・ミッチェル 鹿島出版会

住居の調査について -「マレー人の住まい」より

「マレー人の住まい」と言う本から、主題とは異なるが東南アジアの住居調査の視点について簡単にその項目をあげてみた。


A.建物本体についての着目点

1.平面上の構成
敷地面に対して用途別の部屋や別棟の位置に法則があるか。
2.床面の高さ
用途毎に床面の高さに差があるか。また、全体の床面の高さの違い。
3.細工
部分や全体の色や意匠などに傾向があるか。
4.材料
特定の部位に特定の決まった材料を用いているか。
5.立面の意匠
屋根の形状などに傾向があるか。
6.方向
全体または入り口が特定の方向を向くか。
 a.東西南北、b.メッカの方向、c.山川海の方向、d.太陽の方向

B.周辺情報

1.地震や天候の特徴。
2.工事の専門職の存在。
3.家族構成の特徴。
4.相続関係の特徴。
5.宗教、儀式。
6.工事コスト。
7.材料コスト。
 a.地元材、b.輸入材、c.流行
8.寸法体系。
9.法的制約。


本書はマレー人(マレーシアに住む1民族)の伝統的住まいの特徴とその生活について概要をまとめたものであるが、近隣国のでの調査の参考になる可能性があると思い読んでみた。


参考書
「マレー人の住まい」フィリップ・ギブス 学芸出版社

同時に参考にしたもの
「アジア都市建築史」より「ヴァナキュラー建築の世界 p21~p63」布野修司 昭和堂

2008/01/01

2008新年

2007年中は12月14日以降更新していなかった。理由は基礎製図の練習をしていたからだ。正直言ってまだ終わっていない。もうほんの少しだ。正月なのでいろいろあるが多分あと1週間で終わって提出できるだろうと予想している。

ところで、正月から「ヒンドゥ教の建築」と言う本を開いた。これ以外にも幾つかの本を図書館から借りてきているので正月は華やかな街に繰り出さなくても退屈はしないだろう。

「ヒンドゥ教の建築」ジョージ・ミッチェル 鹿島出版会
「イスラム建築の見かた」深見奈緒子 東京堂出版
「マレー人の住まい」フィリップ・ギブス 学芸出版社
「アジア都市建築史」布野修司 昭和堂

建築学の本流から外れたこのような本ばかりなのは、未だ提出していない建築史演習のレポート作成の予備知識を得るためだ。建築史演習の課題は指定されている参考図書にある(古い)モニュメンタルな建築の調査と街並みの調査である。

日本の建築を選んでも良いのだが、「日本建築史図集」にある建築は関西方面が中心で関東のものは少ない。手軽に出かけて見てくるにも日光あたりまで行く必要がある。ここから日光では宿泊が必要になってしまうし、寒いし、交通費も高い。正直、全く気が進まない。

そこで暖かくて飛行機代以外は安い (飛行機代も?) 東南アジアにしようと思う。南アジアのインドまでなら良いと思っている。そうなればヒンドゥとイスラムの予備知識は必須と言うことだ。

もちろんバカンスも兼ねているので、そう言った条件も勘案して1月半ばあでには決める予定。(2007年は1年中バカンスだったようなものか?)


最後になってしまったけれど.....
あけましておめでとうございます。
今年は1歩でも半歩でも前に進みましょう。
今年もよろしくお願いいたします。

2007/09/26

「見る測る建築」と言う本

「見る測る建築」遠藤勝勧(えんどうしょうかん)TOTO出版
こんな本を買った。BookOffで105円。

非常に興味深い本だ。
先日の建築設計Ⅰ-1やCADⅠで描いている時、階段の傾斜や家具の配置、家具やキッチンユニットの横にできる人間が移動するところの幅、そういった寸法を決めることは基本的だけれど難しい。物の寸法はわりと簡単なのだけれど、空間の寸法は10倍難しいように思う。実感と数字の対応が全然身に付いていないからだ。

そう言う事をこの著者である遠藤勝勧氏は愚直にやってきたそうだ。建築家を目指す人へのアドバイスになる本はたくさん出ているけれど、やはり最後には寸法をどれだけ身に付けていてそれをアウトプットできるかに尽きると言うことのようだ。

この本は読むところは半分しかない。後半は遠藤氏が実測した実際の建築の寸法入りスケッチが山ほど入っていて、資料としてもたいへん参考になるものだと思う。

105円は本当に安い。(探せれば幸運。)

2007/05/26

実測術 ? ! ? ! ? ? ?

建築史演習は選択科目、レポート課題だけで試験無し!

そろそろやろうかと思って「科目概要」を見たら、
「実際に訪れ、聞き取りや簡単な実測、スケッチをして...」
と書いてあって慌てる。

テキストと参考書にあるいくつもの場所を調べると、西日本ばかり。関東は日光など、少ししかないじゃないか!日本だと宿泊費がかかるから東南アジアってなると、バンコクやバリになる。どうしようか?

そうだ、その前にスケッチのやり方って?
道具は何が必要なんだ?
困った困った。


テキストの「実測術」を読んでみる。
書いてあることがフィールドワークの時の思い出話ばっかりで役に立つ情報がそんなに多くない。「何の為」を決めずに「とりあえずやってみた」って、つまりは「体験」が大事らしい。

そんな事でどんなレポートが書けるんだろう。
困った困った。