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2010/01/10

中国様式モスク


ニュースによれば、マレーシアのスランゴール州3箇所に中国様式のモスクが建造されることになった。デザインは古代中国様式とイスラム様式をミックスしたものとなっている。建設地はペラ、マラッカ、ラワン。モスクは一定の時刻にアザーンをスピーカーで周辺地域に流すが、これもマレー語と中国語で行われる。新聞ではこの建設の目的を華人社会(中国系住民)にイスラムの教えを理解して欲しいこと、イスラムが他の宗教に対しても寛容であることを示したいためと書かれているが、数少ない中華系ムスリムのコミュニティ等がこれに関与しているのかどうかは書かれていない。

モスクと言えば建築史の教科書にいくらか出てくるがそれらの多くはタマネギ型のドームを持つものだ。しかし実際にはイスラム様式と言うのは定義があいまいで、中国にあるモスクのほとんどは仏教寺院と区別が付きにくい。また東南アジア、インドネシアなどにあるモスクも三角屋根のものが多く一見してそれがモスクかどうかは分かりにくい。形の無いモスクと言うのもある。例えば日本では空中店舗方式のものもあって単にビルを一部間借りしている部屋である場合だってある。

そう考えるとこの中国風モスク建設と言うのはかなり恣意的で、はっきりした目的の記号として建設されると解釈される。もちろんそれは新聞に書かれている通りだろうが、それはモスクの本来の目的とは多少違うことになるだろう。


逆にもっと根本的な問いとして、モスクとは何かと言う疑問もある。
それに関しては、以前、KLのイスラミック・ミュージアムでドイツのモスク建築を展示していた中の一文が興味深い。

それによれば、ムスリムの祈りはどこで行う事も可とされ、ほとんどの場合それは1人で行われる。特に規定はされていない。中には他宗教のように神を象徴するイコンがあるわけでもなくガランとしていて特に何もない。ではなぜモスクが建設されるのか、これは当のムスリムにとっても基本的な問題なのだそうだ。結論は祈りの象徴であったりコミュニティ形成の場であったりと言う割合一般的に考えられる結論となる。

そのようなわけで、モスクの"様式"と言うのも怪しい。教科書ではモスクと時代の建築様式が結び付けられて書かれていて誤解を招くのだが、それは時代の様式なのかモスクの様式なのかよく考えてみる必要があるだろう。

新生中国様式モスクは2年以内に完成と言うことなので完成後には見に行ってみたい。

2009/10/17

ひばりが丘団地ストック再生実証試験棟を見学

友人のS氏の手配でひばりが丘団地の実験棟を見学させていただいた。

この実験棟は既存の団地再生に対しての"技術的"検討と言うことで、建築と言うよりは建設の範囲の実験棟のようだった。ただ、改造されたいくつかのタイプの居室はよく出来ていて、試しに少しの間住んでみたいとも思えるようなものだった。しかし、これらに本気で住む人だったら収納が少ないなどと細かいことを言うだろうし、購入を考えるのであれば将来子供が育ったときに部屋数が少ないなどとも言うだろう。プランはどちらかと言えばキッチネット付きホテルかテンポラリー用途のコンドミニアムのようなもので、家を持ちたいと思わず、身の回りの状況が変わったら移動することを厭わない自分のような人間には悪くない部屋だと思う。ただし、家賃が充分に安いのであればだが。

(だが、既にそれ以外の方法をいろいろ知ってしまっている身には光熱費や管理費の心配をしながらこれに10万円以上の家賃を毎月支払って住み続けるのはどうなのかと思えても来る。同じ値段ならどこかのビーチフロントの掃除も光熱費も心配せずに住むホテルに居たいだけ居るのとどちらが良いのかと思ってしまうと言う意味であって、通勤に便利だからここを選んでできれば一生、と言うような感覚ではない。)

技術的検討が主と言うことなので、この実験棟についてデザインがどうのと言うのは間違いだと思われるが、見た目は一見100年前のバウハウスデザインのようだった。すっきりしているが、う~ん....。もう一つはこのモデルハウスが共用廊下が足されている以外どれもその内部にのみ注力しているために、住戸がやはり鉄の扉で個々に閉じられているスタイルに何の変更も加えていない、いや多分検討すらしていないのだ。今の状態で見た目の商品性が上がっても50年後にはやはり孤独死はあるだろうと予測できるし、1F部分の住戸を集会上にコンバージョンしたとしてもそれがどう使われるかは未検討のままである。建築ではなく建設の実験なのであるから現時点では仕方ないのだろうと思う。もちろん建設と言う面でのいろいろな実験をこうした形でしてみた事については素晴らしいことだ。

2009/04/02

遅れてきた建築探訪 アテネフランセ

いただき物の本「大竹康市番外地講座 これが建築なのだ」を読みながら地下鉄都営線に乗っていたら視線の斜め上方に”アテネフランセ”と書いたピンク色っぽい広告が貼ってあった。どこかで聞いたような単語だと思ったら、持っているその本の中に出てきた外国語学校のことだった。

72ページの最初の行に、大竹氏が大学3年のときに仙台からわざわざこれを見に来て「なんと奇妙な建築なのか、なんでわざわざ醜いプロポーションを選んで...」それが心に引っかかったと書いてある。

なるほど、そう言う目で見ると確かに全体の形は変だ。ピンク色の部分と中央の塔のような部分とステンレスの波の部分がまるで別々の建物のように見えるし、調和している風でもない。

中も変で、窓が三角だったりするし、天井が斜めでその斜めが別の角度の斜めと変な感じにぶつかっている。にも関わらず平面図はそれほど変わったものでもない。

とても解釈し難い建築物だと思う。この本によれば詳細からスタートしたものらしいと分かるが、詳しくは書かれていない。大学の課題で語学学校を設計せよと言われたら、まずこれはできないだろう事だけは想像できる。無理だ。

下は裏側から見た図。波打った屋根が乗っているのがわかる。

何だか良くわからなかったが、昭和の一時代にこのような色やデザインが受け入れられていたのは朧(おぼろ)げながらわかるような気がした。

遅れてきた建築探訪 東京カテドラル聖マリア大聖堂

東京カテドラル聖マリア大聖堂を見学させていただいた。

「たったこれだけの事しかしていないのに、こんなに素晴らしい空間が!」と言う見本のような造形だけれども、よく見ると”たった”とも言えないディテールの工夫が見られる。東京文化会館や西洋美術館などにもあるような壁面の筋や光の取り入れ方がモダニズムの見本のようだ。



外見からは大きな斜めの壁が互いに寄りかかっている様子が印象的すぎるほどなのだけれども、その銀色の壁はその下端の全てをどっかりと地面に着地させて立っていたわけではなかった。内部から見るとやはり教会らしく側廊が設けられていて、それは斜めの壁の外側にあるから壁はそこで切られていて地面に接していない部分がかなり長い。

外からその部分をよく見るとあの派手な造形の斜めの壁の足元の部分も、その造形に工夫が多いことに気付く。この周囲に付加された建物も同様であった。

最初にこれを外から見たときには、意外と小さいのだなと思った。中に入ると想像以上に大きな空間に驚く。目が慣れてくるとディテールにも驚く。そんなわけで、歩いて移動するたびに”うわー”などと口を開けてしまうのだけれども、そのあたりはこの記事の中の文字に反映されないので悪しからず。(妻の友人が以前にここで結婚式を挙げたときに妻も中に入ってやはり”うわー”だったそうだ。その気持ちが確かにわかった。次回の結婚式はここでしよう。)
一般に見所と言われるような写真も掲載しないので、それも悪しからず。有名建築物なのでそんなのは要らないでしょう。

遅れてきた建築探訪 高島平団地

今が旬でない、あまり注目されない建築を探訪してきた。

この高島平団地は噂通り巨大な敷地に巨大な集合住宅棟を数多く並べた団地だった。都営三田線の駅を3つも占有しているほど幅がある。それだけでもびっくりさせられる。

建物のいくつかはその地面に接する部分に商店やスーパーマーケットを備えていて、生活に必要な物を買うには不自由しない工夫が成されているようだった。団地が駅に直結していて、そこで買わなければ他に買うところが無いわけだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

ただ、駅に近い建物に大手百貨店系のスーパーがあるが、その他は八百屋さん床屋さん書店などの小規模な小売店が多かった。閉店してしまってテナント募集の貼り紙も多かったから居住人口が多いだけでは商売は成り立たないのかも知れない。

ちなみにその貼り紙によれば、店舗使用料金が月額12万円ほど保証金は6ヶ月となっていたから団地に住んでいる誰かに出店してもらうと言った、内部循環的な発想で店舗スペースが確保されているのではないらしい。あくまでも住民は消費者とみなされているのだと思われる。そのあたりはどこかの街の再開発地と似たようなもので驚くにはあたらない。

店舗スペースと同じような場所には保育所も用意されていてちゃんと稼動しているようだった。保育所はなぜかとても厳重に囲われていて少し違和感を感じざるを得なかった。なぜなら、保育所の周囲はもちろん広い団地の敷地であるから広い芝生の庭のような場所になっていたし、建物と建物の間は広いなんとか広場が必ずあるので保育所に預けられる子供たちはそこを利用しないのだろうか、と思ったからだ。

そのわけはこう言うたくさんの看板の群れを見ると納得できなくもない。この敷地にはこうやって見学のためだけに出入りするのも自由なのだから、たまにおかしな人間が入ってきて子供に危険が及ぶこともあるかもしれない。それならばと言うことで、ここに住む特定の人間のためだけにここを全て囲ってゲーテッド・シティにしてしまう事も考えられなくもないが、これだけの規模であると”特定の人間”と”不特定の人間”の区別は難しいだろう。やはり子供たちだけ囲いに入れる方が現実的と言うことだろうか。

そう思いながらここを歩いていると、棟ごとの大きなゴミ集積場が並んでいるのが目に入る。一つ一つがかなり大きくてそれだけでもここの規模を思い知らされるようだ。

そこでもう一つびっくりすることがある。それは、ゴミ箱のアルミ缶専用コンテナにアルミ缶が山ほど入ったまま放置されている事だ。北京オリンピックが過ぎたとは言え、アルミ缶がそのまま手付かずでこれほど見られる光景があるとは思いもよらなかった。

これがK市ならアルミ缶だけ集めて売ると言う商売をしている方々が多くいるのでアルミ缶が放置されているなど今時有り得ない。逆に言えば高島平団地にはその敷地の建物内に住んでいる人しかほとんど出入りしないと言うことだろう。そんな場所でも子供が保育所で囲われなければならないのは不思議である。同じ意味でこうした禁止看板が多いのも不思議だ。

団地には緑地がかなり多くて明るい印象であったが、その緑地はどうやら住民が自由に使える種類の緑地でもないらしい。これだけ人が多ければ家の前の地面に花を植える程度の道楽をする人間が少しはいそうに思うが、そうでもないらしい。ちなみに先のK市なら道路にはみ出るほどプランターを置いていたり、公園の禿げたところに勝手に花を植えていく人間はけっこういると思う。この写真には植木鉢があるが、昔に放棄されたものらしい。

少し見て回っただけなのだが、団地と言うのはこれだけの人間を集めてもそれを街とか村のようなものにはさせない力が働いている特別な場所のように思われた。人が多く集まっただけではそうしたものにはならないのだろうけれども、団地とは住むと言う機能を集積して特化したものと定義されるのだろうか。

2009/02/03

熱田神宮の屋根


先日、名古屋の熱田神宮を見てきた。
去年、前川邸のリノベーションを提出する前に伊勢神宮の造りを調べてみたが写真では平面的な感じに写るもので、そのニュアンスは実物でしかわからないものだとは思っていたが、この屋根を見てやはりそうだと感じた。

古い日本建築では鳥の羽根のように反りあがった屋根がカッコイイとされるのだけれど、この神宮の屋根は反対に下に垂れ下がって全体がカブトムシのように丸っこく見える。それがカッコ悪いかと言うと全くそんな感じではなくて、落ち着いて静かな空気を抱いているようで悪くない。

2008/11/30

グリッドを自由の基盤に



昨日のゼミでスケルトン・インフィルの話が出ていたので、グリッドシステムを拘束と考えるのでなく、自由の基盤と考える方法を簡単にメモしてみた。

自分の卒研の内容とは無関係。

2008/10/20

ハコハコ



「ハコハコ」のテーマは箱型です。集合住宅の姿を想像したときに誰もが思い浮かべるもっとも普遍的なかたちとしての箱型。その箱型に対し新しい解釈を導入して現代的な箱型集合住宅のコンセプトを提案してみました。「ハコハコ」では、何の変哲もない箱型の住戸を外部から変形させて、内部の空間に影響を与えています。内部空間は直方体の単純さから開放され、高さ幅ともに自由な構成となるため、箱型空間の新しい可能性を体験できるでしょう。


参考資料
イエノイエ


追加
近代以降の建築のやり方では中身が外に現れるように行われていたのですが、イエノイエでは街から見た"家"と言う形から入っています。人にとって中身は第一に大切だけれど、街も同じように大切だと思えば家の内と外は実は等価かも知れない。そしたたイエノイエのようなアプローチは近代、現代の建築のアプローチの延長上にあるとも言える。

でも、五角形の家の形が普遍的と感じられるなら、平成産まれの東京育ちの子供たちには箱型が実は普遍的に見えるかも知れない。だからイエノイエからハコハコに移動ってのも良いかなと。

笑ってもらえるかなと思ってたんだけれど、だめか!

2008/09/01

景観デザイン論の余談

景観デザインに関する本には多くの人、それは主に建築や土木の専門家であったりするが、の言葉を目にするが、日本の都市景観についてはやはり問題意識があるようでどの方も一所懸命にいろいろ書かれている。

どれも都市デザインの方法論についてはかなり尤もで素晴らしいものばかりだ。計画の手法、評価の手法、分析の手法、個別の造形的手法、デザインの原則、いろいろある。

だが、その意見は方法論に終始していて、いったい最後にはそれを誰がやるのかと言うことに触れていない文章が多い。建築家や土木家なら発注があればそれらの方法論を用いて何かを作ることはできるだろうが、これを計画やアイデアの段階で、しかも都市全体をどうするかと言う部分になると、「こう言う方法もあるね」と言うところで終わってしまっている。

ある文章の終わりのところでは「建物のコントロールも含めた総合的な計画が必要である。」となっている。
そんな計画が必要だと言うのは尤もだが、それを誰が何時、どんな立場でやるのか。そう言うチャンスは本当にあるのだろうか。多分、書いている本人もそれがわからず、方法論についてのみ分割して書いているだけなのだろう。

たまに「誰か一人をコーディネーターとして任命してやるべき」と言う事が書いてある程度である。今売れてる建築家の文章にもそう言うのがあった。


結局、今の景観法の外には誰も出られないと言うことを遠回しに書いてあるように読める。あきらめなさい、そうして、建築物を作るときには歴史的文脈を読み、人の動きを読み、ディテールに注意しなさい。くれぐれも敷地境界線からはみ出さないように、と。

2008/08/27

かくれた次元



「かくれた次元」(エドワード・ホール みすず書房)を読んでいるが、この中で動物は混み合い具合によるストレスが個体数を調整しているとの事であった。その調整の仕方はお互いで殺し合ったり、行動が異常となったり、体質が変化したりなどがあるそうだ。

ここには人間の例が書かれていなかったので、ネットで出てきた日本人のデータでそれが証明できるかどうかちょっとグラフを作ってみた。厳密なものではないが、ある意味新発見かも知れない。

グラフは縦軸に特殊出生率、横軸に人口密度(対数)をとり、県ごとにプロットしている。(ラフなグラフなので縦軸と横軸のデータ年が違っている。)


最近、小子化対策として国がいろいろな対策に予算を付けているが、もし少子化が都市構造に関わる人間の生理的な性質からくるものであれば、それは政府が考えているような問題ではないかもしれない。人口密度を低下させる施策を考えるなど建築や都市計画分野の問題であると考えなくてはならないだろう。

ただ、人間は動物と違って環境を自分の身体の延長として変化させる性質があるので、高密度が快適な状態であるのか、高密度に"なってしまった"だけなのか、そのあたりは議論の余地があるだろう。鶏と卵のような議論が。(産業構造の変化?->高密度化->ストレス->緩和するための住居構造変化->ストレスの変化->少子化->???)

2008/08/19

バーチャルアーキテクチャー

「バーチャルアーキテクチャー」と言う本が図書館にあったので一通り目を通してみたけれど、さすが東京大学、ネットで全文読めるようだ。

バーチャルアーキテクチャー

この中にはコンペでボツになった建築が多く説明されていたりする。しかしボツでもなかなか考え方が面白いものもあって、逆に現実味から一歩引いているだけにその面白みも大きいのかもしれない。


その本題とは直接関係ないが、青木淳氏の書かれた文章「N市地下横断体」が興味深かった。

要約
近代建築では「意図」と「それに伴う行動」をそれぞれの空間に固定することで成り立っている。できあがった空間はそれぞれ「つなげられるもの」と「つなげるもの」になる。例えば「音楽ホール」と「ホワイエ」のように。これらにはきちんと序列が出来ていて、それを変えることはなかなかできるものではない。しかし、日常の人間の行動はそんなに機能的ではないのに、建築は相変わらず繋げ方を考えている。考え方の上でも空間としても「どん詰まり」なのだ。数少ない例外として挙げているのがコルビュジェの「建築的プロムナード」と言う考え方で、つないでいるものに優位性を持たせている。



こう考えると、現代に至っても建築はまだ広い意味で機能主義のままなのかもしれない。これはこう言う目的のための場所と言うように決まりきったタイプで考えているし、そこまでのアクセスやら動線やらプログラムやらゾーニングのようなやり方は疑われることがない。実感としても建築は機能や制度を固定するもののように思われるものがある。これは建築内部でも、都市や街と言ったレベルでも同じではないか。

例えば、子供が外で遊ぶと言う行為は、家->道->公園と言うシーケンシャルな順位付けの上に成り立っている。それ以外の選択肢はあまり無いので、子供と言えどもその街の流儀に従わざるを得ない。これではパソコンを買ったままの状態で何も変更せずに使わせられるようなもので、冗長性に欠ける。普通に考えてできそうな事しかできないと言うことになって、あまり面白みもないし、実際の人間の行動とは整合性は無いだろう。

ではこの「どん詰まり」にはどう挑戦すれば良いのだろうと思っていたら、同じ文章にこう言う記述がある。「道が人のさまざまな動きを誘うように進化していくことによって、その結果として、「広場」らしいふるまいが生まれるのである。」と広場について言っている。ルイス・カーンの学校についての言葉を思い出すようなセンテンスだ。広場の原初的なものを実現すると言って良いのだろうが、それを実際にどうやって造るかは難しいだろう。「自主的に何かが起こる」空間.......



ところで、コルビュジェが建築的プロムナードで空間と空間の生物学的つながりを提唱しながらも、後に機能主義と評されたのだけれども、ここで同じ事を「それに伴う行動に優位性を与えた」と言われるのも別の意味で面白いと思う。

2008/08/03

石山修武「建築がみる夢」


世田谷美術館で石山修武の「建築がみる夢」を見てきた。

石山氏の建築に比べたら、通常の建築は「物」とか「入れ物」なのだと思う。石山氏の建築は「事」だ。
 
石山氏のは建築より「踊り」と言う分野のものに近いかもしれない。

上空を見上げると「夢」のようなものが浮かんでいる。だが、下を見るとちゃんと足が付いていて地面を歩いている。上空で夢を描きながら、どうにかして建築の足で支えようと考えているのが石山建築ではないだろうか。

2008/07/28

「結論はまた来週」

駅でR25を貰って時々読むが、今回(2008 7.24 No.201)の最後のページの「結論はまた来週(高橋秀実(たかはしひでみね)」は面白かった。そして興味深いものだった。


サブタイトルは「蟹工船はつまらない」と言う題名でが書かれた文章で、その中の一節に以下のようなところがある。(そのまま書き写した文章ではない。)

現在は「勝ち組vs負け組」のように社会を分かりやすく図式化して考える風潮があって、いかにも勝ち組と負け組の「闘い」のようだけれども、闘うつもりなんて無い。なぜなら、その図式にハマると人は図式をなぞりたくなるものだから。蟹工船の登場人物達のように資本家と労働者の図式の中で自分を労働者階級だと認識すると、資本家を倒すことより、自分が労働者階級であることを維持したくなる。負け組も同じで自分が負け組を確認したがるのである。階級さを実感したくて負けるようなものなのだ。


高橋氏は蟹工船を読み返してそう書いているのであるが、これは建築もそうなり兼ねないのではないかと思う。建築の世界には社会の中の問題を建築でどうにかしようと言う考えは当然のようにあって、建築を志す人間ならその解決策を自分なりに考える。格差、孤独死、コミュニケーション、家族、環境、教育などいろいろの問題について、建築の人間も建築とは無関係な生き方をしている人々と同じようにマスコミを通して知るのであり、その解釈等についてはそれほど変わることは無いのでその方向性について考える事も特に変わる事はないだろう。

ただし、もしそれに向けて建築で解決策なりその一部を提案する事になれば、その解決策はその問題を確かに"固定化"してしまう事になるのではないか。


例えば、老人医療や介護の問題において、法制度を整備してそれに向かって急激にその為の施設を充実させたが、逆にその問題を固定化させてしまったとは言えないだろうか。介護を必要とする人が一定割合居て、それを解決するには決った手続きをしてスケジューリングされ、ある基準を満たす"施設"を使うというエコシステムが発生している。

これは世の中に老人問題と言うものがあって、その為には保険料を徴収してそのお金で誰かを雇って施設も作ってと言う当然のような事であるが、そもそも本当にその問題はそう言う問題だったのだろうか。

これまで核家族化が進んできてしまったが、その核家族も歳をとれば身体が衰えたりどこか不自由になったりする人も出てくる。そうなれば孤独に一人でどうにかするしかないが周りに誰も頼る人がいない。もしそう考えるならこれは人が歳をとって介護が必要と言うだけの問題ではなくて、問題はもっと広い社会の在り方の問題と見えなくもない。また、賃金が減少してしまって主婦も働く必要が出てきたために親の面倒を見る時間が取れないのであればそれは雇用や経済動向の問題と見えなくも無い。


建築と言う作業には、注意していないと、分かりやすい図式と解決策をなぞって固定化させてしまう危険があるのではないだろうか。

この春のレモン展にも介護施設を扱ったものがあった。それはより良い介護施設のような志のあるものだったけれども、それはやはり簡単な図式の中での捉え方しかしてなかったのだと思う。それが"より良い"なら良いほど悪い部分を固定化してしまうだろう。こうした捉え方は無関心から来るものか、建築と言う「クライアントが居てその要件に従って造り仕事はそこまで」となる作業の宿命なのか。

2008/07/21

「集合住宅デモクラシー」

7月12日の朝日新聞のopinionに「集合住宅デモクラシー」の著者、竹井隆人氏(政治学者)が書いていた。

建築のテーマにおいての「コミュニティー」は、単にコミュニケーションが"可能な場"で終わったり、その中身を問うところまでは行かないものがほとんどだと思う。この記事は建築に対するものではないが、その中身をどう見るかと言う意味では重要であろう。

新聞コラム要約
「コミュニティー」と言う言葉は「仲良し社会」のように用いられていて、それに疑念を挟む人はいないが、この仲良しが強化されるほど異論者をKY として粛清することになる。そうなると人は主体性を失い、同じコミュニティ内の他社を分身と見なすような限定的な社会構造しか作れなくなる。

哲学が古来よりずっと命題としているのは社会(構造)に対する主体性ある自己の実現で、それを解く鍵は「社会をつくる自由」にある。それは他者が自らと異なる存在であることを前提とした社会構成原理を奉ずるものだからだ。

そのためには人々が社会に対する順応を放棄し、KYとならざると得ない状況を作り出す必要がある。著者が提案するのは集合住宅における管理組合と言う「私的政府」でそう言った私的政府に地方自治体から権限委譲するのが良い。この限定的な直接民主制は人民主権のモデルとなるものになるであろう。



「集合住宅デモクラシー」について
ついでに、この本が図書館にあったので読んで見た。
(以下、要約ではないことに注意。)

「コミュニティ」と言うとき、建築では個人の相互交流のような意味でこれを使う。擬似家族的で情念的な交流を意味するものであろう。つまりその言葉の中に、その交流の持続やそれによる人間どうしの関係その他の問題の解決にとって何らかの解答を示してはいないだろう。

確かに建築の形や機能としてはその方向を指し示していると言えないことはないが、それは単にそう言う使い方も"可能"と言うに過ぎないのではないか。

相互交流は個人の選択にゆだねられたままであり、人の入れ替えが激しい中でそれが持続可能であると保障できるか。仮に持続可能であったならばその建築の開発利益を社会として抑制してしまうがそれは許容できるのか。コミュニティの持続を願う上で個人の権利を制限することになる事を可とするか。このような問題に建築には解答が無いままではないのか。

「コミュニティ」と言う言葉に対して理想主義的、楽天的態度ではなかったか。


ラドバーン方式の敷地計画と、先日調べた山本理顕の保田窪団地の構成は良く似ている。
成り立ちは異なるが、住民がどちらを向いて生活しているか、この一角がコミュニティを構成すると考えられる形状をしている点においてとても似ている。

そう思う事に、警戒感を覚えるべきなのだろうと考える。
(簡単に言うと、反省した。)

なぜなら、日本の建築的理解はその形と機能により多くの関心を向けていて、そのやり方で理解しようとしてしまうからだ。ラドバーンのような方法はそこに人間の住むための住区を作る方法論(つまり機能)として理解されている。建築計画の教科書を読んでもそのようなニュアンスで書かれている。

だが、そこにある住民の意思決定システム、社会システム、政治システムとしてのソフト面の機能は解釈されていない。なぜそこに集まって住区を作ることが快適なやり方なのかと言う根本についての理解はなされていないのだ。つまりこれは集合住宅と言うシステム全体を何も理解していないと言うことに繋がる。

日本における集合住宅と言うシステムは高密度に住むという都市の要請、投資者への開発利益の還元のような経済のシステムの中にある。ハワードの田園都市のように開発利益をサービスや施設のために用いることで持続可能な住み方を提案しているのとは根本が違うのだ。

マンションは共有施設を充実していると広告されるが実際の利用はほとんど無く、プライバシーの確保や匿名性の確保の方が実は商品性を高めている事実。そこにコミュニティは無いだろう。私化は進んでも、自立性ある住まい方、自立性ある相互関係は築かれることはないだろう。

つまり建築的には"可能"かも知れないが、それは単に"可能"なだけで何らの影響も与えていない可能性が高いだろう。



「集合住宅デモクラシー」この内容は建築にとって、見たくないものから目を逸らしたままであったと気付かせてくれると言う意味で、相当にショックなものであるはずだ。

2008/07/14

資料:山本 理顕

山本 理顕 - 生活・空間・環境 -東西アスファルト事業共同組合公演録

達人-その限りなき挑戦8 建築家山本 理顕

INTERVIEW:山本 理顕 -FLAT.net

山本理顕X廣村正彰の仕事。 -コトブキ建築デザインセミナー2001「コラボレートする建築」


追加
上の中で語られている議論を読んでみた。
クラッシックな議論だし、お話の範囲が狭いし、あまり面白みが無かった。


Riken Yamamoto officisl web site

2008/07/04

家が無いとはどう言う事か

今朝のニュースを見ているとホームレス襲撃の記事が出ている。最近やけに多い。

「ホームレス」...「ホームレス」...家が無い

家が無いのは多分何かの結果であろうと思うが、家が無いとはどう言うことなのか。知っているようで知らない。逆に、家が有るとは何だろう、とも思う。
家とは何だろう、と、またそこに戻る。
人間には家が必要なのか。

ブルーシートで作られた家のように見える物は、あれは周囲からは家とは認識されないもののようだ。しかし、形を見る限り家、つまり建築的には家だ。しかし、社会的には家では無いと言う事か。

家か。
家が無い生活とはどんなものなのか。

以下単なる資料
ホームレスコミュニティの共生型居住に関する研究

寄せ場型地域における地域再生とホームレスの人々への居住支援の可能性

2008/07/03

規制と根性

柵の設置義務付けで学校の天窓事故をなくせ -ケンプラッツ

人命が無くなると言うことは重大である。
だからその度に法は厳しくなる。それは世の中を平和な状態に保つ方法としては簡単で実効性あるものだ。

ならば、学校と言う建築物のプロトタイプを法に盛り込んでしまってはいかがか。
つまり建築家はもう学校を考える必要が無い状態とするのである。これまでの事故データを全て収集して事故率の一番低い建築物の要素だけを組み合わせて仕様と図面にする。そしてそれ以上の事は何もしないのだ。そうすれば事故に関する限りほとんど無くなるかもしれない。ハード面ではこれで完成。

ソフト面では保護者、自治体、教員、教育委員会など関係者がその責務を自覚し、安全管理やしつけがおろそかにならないよう常に肝に銘じるだけで良い。


とてもお気楽な結論。これで誰も死ななくて済むのならこんなに良い事はない。


ハード面が法規制、ソフト面が根性論、それだけで誰も死なないのである。
素晴らしいとしか言いようが無い。


ついでに、自殺防止策として建築物の高さは2階までとし屋上に上がれるものは禁止しよう。道路は転んでも怪我しないゴム製に統一、ドアははさまれると危ないから必ず20㎝だけ隙間ができるものにしてはどうだろう。



我々日本人は人の命のような重大な事を考える場合にはどうも思考停止してしまうようだ。自分の職分の中のことであっても他人に任せる癖がついてしまっている。例えば法のようなものに。

そして最後は根性論である。仕事場で問題が起こった時によくある「充分な注意」朝礼などでの「周知徹底」で済ませる事は多い。そんな場合、必ずまた同じ問題は起きる。起きてから「注意喚起はしていた」となる。そして「さらに徹底」だ。日本ではこう言ったやり方も(ハードに対する)「ソフト」なのだ。

根性論でない、本当のソフトの枠組みを考えることが必要ではないだろうか。そうでなければ我々は永久に法令集を太らせ続けるのだろう。

2008/07/02

セシル・バルモンド+伊東豊雄 (アイカ現代建築セミナー)

アイカ現代建築セミナー
セシル・バルモンド+伊東豊雄に行ってきた。
文字で書くのが面倒なので絵にした。(下の絵をクリックで拡大表示)




セシル氏と伊東氏は最初は個別に話す時間があった。
セシル氏は自分の信条とするストラクチャーについてその原理から親切に話してくれた。伊東氏はカルマン渦から始まって次第に自分の作品解説方面へ行った。同じ建築作品を共同で手がけたと言っても、それぞれに問題視している所は全く違うし、建築一般への見方もまるで違うらしかった。

セシル氏は構造家と言うこともあって、自然の中にある構造、それも深い部分にあるもの(アルゴリズム)を抽出して建築に応用する方法。しかし、それは自然の真似をするのではなく、そこから幾何学の法則を導き出して用いるのが人間のする仕事だと考えているようだった。この姿勢は西洋では昔からそうなので、姿勢についてはある意味、古典的かも知れない。現在の建築家が幾何学を用いるのもその名残りだろう。("名残り"つまりそれを意識せずに幾何学を使ってしまう人がいるから。安藤忠雄が幾何学を用いる理由は?と言って答えられる?)

もう一つ、やはり古典的、いや近代的と言った方が良いかも知れないが、に思えるのは、「構造と形態の一致」を強く試みている事だ。出来上がりはすでに近代では無いにしろ、その部分に関しては目指すものは一緒であるらしい。だから、伊東氏が外と内、裏と表の繋がり、流動性について言っても、セシル氏にとっては建築はあくまでも"固体"のようであった。


伊東氏は最初にカルマン渦を出してきてびっくりさせられた。先日CADⅡのために見ていた画像の動画版そのままだったから。ただ、以前からの氏の著書は読んでいたので現在どうなっているのかと思っていたら「流動的な」がどんどんただの固い物の中での議論になってしまったようで、以前のように「メディアとしての建築」のようなものでは無くなってしまったらしい。追求しているのはやはり形のように思える。であるが、ちゃんと外部空間にある何か、例えば敷地前面にある公園の緑のパターンなど、を気にしてそれを流し込もうとする律儀さはまるで学生作品のようだ。

外と中の繋がりで気になったのが、仙台メディアテークの時と今の台中オペラハウスでは立面の「切り方」が違うと言っていたこと。仙台ではガラスを用いて内外を一体的に見せようとはしていたが、どちらかと言えばそれは昔の日本家屋の縁側のように単なる"開放的な"ものであって、台中は外に繋がるはずの所をスッパリ切った余韻のある切り方と言うような意味だろうと思う。先日調べていた磯崎新氏のプロセス・プランニングとか60年代のメガストラクチャー建築を思い出すような言葉に思えた。

つまり、問題点はその頃から変わっていないのじゃないだろうか。あの時の巨匠達は既にちゃんと問題点を認識していたと言うこと。解決はできなくて、今にその問題が残されていて受け継がれているのだろうと思う。(そんな事誰も言わないだろうけれど。)

しかし、外との繋がりの問題は薄くするとか (伊東氏はそこに穴とかフラクタルなどを加えてみようか等と言っていた。)そう言った物理的なやり方で解決できるものだろうか。本当の意味でそこにある境界は、敷地境界のような物理的なもなのか? 建築家でない立場から見れば、その境界は建築家が建築家であるために仕事の領域を暗黙のうちに決めてしまっている事によるものではないのか。なぜなら、建築家以外の人間はその敷地境界を簡単に行き来しているのだから。

2008/06/23

考察:コートハウス

コートハウス。 -好きなままで長く+α

コートハウスと言うことで、上のブログにコメントしようと思ったらなぜかスパム扱いで入らなかった。どうせならここにちょっと拡大版コメントしてみようと思う。

西沢 文隆の自宅 -木心エッセイ


1.ヨーロッパの住宅では家の中に庭が入っていて外壁は閉鎖的と言うのはけっこう一般的らしい。日本ではそうでもないようだけれど、よく考えてみると現代の日本の住宅はけっこう閉鎖的と言えるのではないだろうか。

家は家族と言う単位が住むところなので、一定の完結性がある。だから全体を囲ってパラダイスにしてしまうって発想があると思う。日本のマンションなんかはその発想の表れだと思うけど、正面の無い家もそれに近く見える。マンションだったら必ず上階があるから自由に庭を作れないけれど。

だからと言ってヨーロッパそのままの閉鎖性なのかと言うと、それはよくわからない。日本では閉鎖しておくとそのうちに孤独死してしまうが、こう言う閉鎖的な家に慣れたヨーロッパ人は別に何か工夫して生きているかも知れないし。

西沢氏の正面の無い家はそのあたりどうやって生きていくつもりで建てられたものなのだろう?
(何の結論も無し。)


2.建築と環境の間には必ず「境界線」があって境目がはっきりしている。特に現代、特に日本では。建築するときにそこからはみ出してはできないが、家と環境をあいまいにしたいって気持ちも人には確かにある。閉じてばかりはいられない。

そんな時に外を敷地内に引っ張り込んでしまうって発想があるが、その方法にもいくつかバリエーションがあるようだ。

a.黒川記章氏なんかもよくやってたけれど、黒川氏は引っ張り込んだところを仕切らなかった。
b.西沢文隆氏、安藤忠雄氏は仕切って自分だけのものにしてしまった。
c.西沢立衛氏は仕切らなかったけど全体を囲いもしなかった。

d.やっぱり引っ張り込むだけじゃ充分じゃないからはみ出そう。(これは無い?)
(ここでも結論無し。)


3.家族が住むときに、その構成員はどっちを向いて生活するかと考える。
西沢文隆氏は家族の視線がバラバラになるようにした。そして構成員(家族)どうしの間には庭と言うクッションがを作った。庭を隠してみれば何となくマンションっぽい。

(マンションは外の開かれた方向を向いていると言うかも知れないが、あれは建築基準法上の開口部と言うだけで空に向いているわけだから、別に外(社会)に向いているのでは無い。もし景色が良いラッキーな場所ならそれはコートハウスの箱庭のバリエーションと考えるべきだろう。)

もし自分だったら、皆がどこかの1点を向くように作ってしまうかと思う。その事が不和となるか和となるかってのはあると思うが、どうせなら真剣に向き合うようにしてみたらどうだろうか、などと思うから。こう言うことについては建築計画学テキストには記述が無かったようだから、考えてみる価値はあるのかも知れない。
(また結論が無い。)


追加
京の「町屋」 -DigiStyle京都
「三つの庭を持つコート・ハウス」のプランにおける黄金比について : ミース研究(5) -佐野 潤一

コートハウスについてネットで調べていると、京町屋とヨーロッパの建築スタイルの共通点をあげるものが多かったようだ。その多くは研究した結果としてそう書かれたものではなく、単に形の上で(それも現代に残っている古そうな建築物について)似ている事を言っているに過ぎないようであった。桂離宮と近代建築を形の共通点だけを見て何かの簡単な結論に飛びついてしまうのと似たような、あの感じがしてしまうので逆に懐疑的な感覚が呼び起こされる。

この2月に見てきたジョグジャカルタにも京町屋のような、細い袋小路になっていて通り庭も坪庭も備えたジョグジャ町屋(今考えた造語)はあったし、台湾にも有った。そう言う物も形の定義から言えばコートハウスと言えるように思うが、それはかなり乱暴な気がする。
(全く結論無し。)

2008/06/20

アイカ現代建築セミナー 入場券到着

第57回アイカ現代建築セミナーの入場券が到着。
抽選で当たったらしい。


セシル・バルモンド
伊東豊雄

日時:2008年7月1日(火) 18:30~20:30(開場18:00)
会場:文京シビックホール 大ホール (東京都文京区春日1-16-21)

伊東豊雄氏は調べたことがあるが、セシル・バルモンド氏は全く白紙なので楽しみだ。
セシル・バルモンド氏は建築家ではなくて構造エンジニアだったんだ!