2007/08/08

パタン・ランゲージ その2

「パタン・ランゲージ」をざっと読んでみた。
これは物凄い本かもしれない。

今まで読んできた建築とか都市計画と言う分野の、謂わばその専門家と言う「立場」のために書かれた書物とは全く違う視点から書かれている。それらに比べれば「無私」の境地と言って良いほどだ。しかもそこに展開する内容が直接的に建物や都市の構築に関わるものに限定されていず、社会学と言ったような広い分野にまで及んでいる。それは建築も都市もその狭い幾何学的に整った階層の中に単独で存在しないとの考え方からであるらしい。

この考え方から見れば他の建築家の書物や生産物は全て建築家個人のエゴと言えないだろうか。ル・コルビュジエにように絶対的な美が建築家の外に存在すると考えたとしても、それを採用する行為自体がエゴなのかも知れない。

建築家の引く1本の線と言うものは、それを誰かが何時か決めなければならない時に建築家がその恣意を引き受けざるを得ないのだろうけれども、それを決めるバックグラウンドが時間の奥行きを考慮したものでない限りは単なるエゴなのであろう。

その時間的奥行きとは、パタンとして現れている歴史の積み重ねから来るものだろう。


ただ、この本だけ読んでいてわからないのは、この本のパタンが世界中に通用するものなのかと言うことだ。これは答えだけを見て採点するマークシート方式の試験結果のようなもので、途中の計算方法を未だ見ていないことによる。

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