2008/07/08

景観は美しいものばかりか?

景観デザイン論のレポートを書こうと思い、近くで変えたくないと思う景観を探していたがどうしても見つからない。歴史から言えばここは東海道の宿場街、そして多摩川の渡し場、お寺もあるのだが、どれももう「かつてここありました」と言う市が作って立てた鉄製の看板になっていたりお寺も単にそこにあるだけで街道の面影もなく、ただ小汚いビルが雑然と並ぶだけ。ゼネコン製の大きな寺も街並みとは何の関係もなくそこに居座っているだけで周辺は分譲住宅地になっている。

こんな景観が保存の対象になるものとも思えない。ここの住人はきっと誰もそう思っていない。ダメだ。

と思っていたら、こんな物が出てきた。

神奈川/川崎の夜景写真・夜景壁紙(川崎工場群周辺)

川崎工場群周辺2 神奈川/川崎の夜景写真・夜景壁紙

壁紙ダウンロード -石油連盟

Industrial Anatomy -wkさんのブログ

倭文 ~工場地帯探訪~ -Shito-Oriさんのブログ

こんなどうしようも無いものも、時代が変われば見方も変わる。
こう言う写真が海や花や夕日の写真と同等に扱われる時代になっていたとは、思いがけない事だ。

かつてこの地は灰色に塗りつぶされた何の色も感じさせない工場の街だった。新聞やテレビで扱われるのは公害のひどさやそれが原因で起こされた訴訟があった時だけだ。隣の横浜は自転車で行けるほど近いのに何たる違いだろう。

しかし、今は工場撤退が相次ぎ、その跡地にはキレイな大型マンションが建つようになった。住民の色もだいぶ変わってきた。そうなればこの街がどう言う街であったのか、ここに暮らした人々が何を思って生きていたのかと言う記憶も消え去ってしまうだろう。だとすればもう、これらは景観の構成要素として認めて得るものと言えるだろうか。

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