2008/12/30

水彩風パース増産



いろいろ変わった表現を採り入れてみた。
また線はペンから鉛筆に変更。影は単純で印象的になりそうな部分だけを描いていて、完全ではない。

これは提出のためのレイアウトではなくて並べただけのもの。

2008/12/24

前川邸で大失敗


前川邸増築案のボリュームスタディモデル。

最初は模型でやっていたが行けそうだと思ってCADに変更したら、途中で考えが変わっていろいろやるうちにマレーシアの民家のようになってきてしまった。これは当然ボツにした。それもアップしようかと思ったが、あまりに恥ずかしいので止めた。前川作品に多い巨大な建築物の写真を見すぎていた為に偽前川作品を作ろうとしてしまったようだ。

それで考えを改めてボリュームスタディからやることにした。それがこれ。
何をやりたいか、見れば分かるだろうか?

2008/12/19

前川國男邸


前川國男邸のいい加減な模型。縮尺は1/100。

江戸東京たてもの園で購入した復元工事報告書をコピーして作成した。ただし、この書類の図面は縮尺もいい加減(しかも少し傾いていたり線が汚れていたりもする)なので記入された寸法を元にInkscapeに読み込んで調整して印刷したものを型紙とした。丸柱はφ2.5ほどとなるが、近所のホームセンターにはφ3しか無かったのでそれを使用。

2008/12/17

思ったより簡単じゃない

建築設計Ⅱ-2のために資料を読んでいるが、予想より簡単にはいかないようだ。

まず、課題では既存建築物(前川邸)を20x25mの敷地の「南に寄せて配置」としているが、元々この建物が南に寄せて建てられるわけが無い。南庭を大前提とした造りなのだから。敷地の南半分を売ってしまったと解釈すべきだろうか。

また元の設計者が前川氏本人ではなく、(もちろん何も判断せず全てお任せと言うことではないが)設計をするにあたって着想を得たものに対して前川氏がどう解釈していたかが文章にも言葉としても残っていない。従って前川氏が手がけた設計の中に同類と思われるものが全く見つからない。つまり、この建物に対する前川氏の意図がどうであったのか、判断し難い。


panoramas:前川國男邸


参考資料
前川國男関係の資料
「生誕100年 前川國男建築展 図録」実行委員会
「前川國男のディテール」前川國男・MID同人 彰国社
「前川國男邸復元工事報告書」江戸東京たてもの園
「建築家 前川國男の仕事」美術出版社

保存・再生・活用関係の資料
「建築の保存デザイン」田原幸男 学芸出版社
「リファイン建築へ」青木茂 建築資料研究者
「歴史ある建物の活かし方」学芸出版社

2008/12/16

建築設計Ⅱ-2をやろう

建築設計Ⅱ-2をやろうと資料集めをしていたが、さっき課題を良く読み返すと変なことに気付く。

敷地が南北20mx東西25mになっているのに、その下に北を上にすると縦長とも書かれている。これは横長ではないのか?

誰か質問した方がいたら教えてください。



追加
上の事は勘違いであると判明。
南北の距離が20mと言うのではなくて、北と南の境界線の長さが各20mと言う意味で書かれているのだった。だから縦長で合っているわけだ。

これを疑問に思う人は他にもいる?

2008/12/15

卒業申請書を提出

卒研の面接審査が通ったらしいのを確認したので卒業申請書を郵送した。
卒業式には一応「出席」としておいた。どうなるかわからないにしても、出席の可能性を消さないと言うだけ。それに岡崎でまた豆味噌を味わいたいとも思う。

ただし、まだ建築設計Ⅱ-2が1つ残っているのだけれど。

2008/12/14

卒研発表会終了



卒研発表会の2日目、お昼に近い午前にプレゼンをした。

プレゼンの内容は昨日にやった人のを見て、それに対する先生の意見を聞いて急遽変更。せっかく渡してあってプロジェクタ用資料をボツにして今朝作り直した紙だけを使用した。だから最初の部分が少し長くなり最後までは言い終わらないだろうと予想していたが、その通りになった。まあ、それはそれでOK。見ていただきたいポイントだけが最初に強調できたから。そして幸運にも講評での先生からの質問でもう一つのポイントも説明できてしまった。その上、今朝の資料にちょっと書き込んで見せただけで言葉では言わなかった部分にもちゃんと気付いてくれる先生もいた。何てラッキーなんだ。



その後、やはり先生たちの間で評価は分かれたと聞いた。(しかしプレゼンで協力に推してくれる先生もいらして、これは評価どうのと言う以前にたいへん有り難いことだ。)

だが、作品が良いか悪いかなどは最初からどうでも良いことで、本当にすべきことはプロの建築家たちの議論の対象になる事だ。

これまでやってきた事は全部そのためだったと思う。
「共通言語」を用い、開かれた方向へ向かって、「違う意見」を言う。
ただそれだけ。

もし作品が「良い」評価を受けるなら、彼らと意見や視点の相違はほとんど無いと言うわけで、自分がわざわざそんな物を作る必要なんて無い。それは練習の時にやる事。それに、自分よりもっと上手くやる人は世の中にたくさんいるだろうから。

パネルと模型の写真が提出直前に出来上がったのでここに載せなかったので、明日にでもまた撮影して載せようと思っている。



追加
パネル写真をアップ。

パネルはA1で作成したものを印刷した後、カッターで切れ目を入れたところに新聞紙を挟んで糊付けした。
使用したのはInkscape。フリーで使わせてもらえるソフトなのに優秀だし、使い方はとても簡単で本当にありがたい。これを作ってくれている世界中の人たちに感謝。

タイトルフォントはfub工房さんの切絵字を使用させていただいた。ありがとうございます。
fub工房|フォント 切絵字
また、プレゼン資料にも全面的にこのフォントを使用。

パネルのフォントの大きさは25ポイントと32ポイント。(構造説明図を除く)これ以上小さいと誰も読まないだろう。

2008/12/13

明日は発表会

12月13~14日は予定通り、卒研の発表会。
成果物はプリントしたものに手を加えているので、いつものパソコン上のファイルではなくなったのでここにはアップしない。後日写真を撮ったらするつもり。

2008/12/11

プレゼン資料



全体で5分なので1枚あたり10秒x18枚=3分がメド。

作成はOpenOfficeのDrawからPDFにエクスポート。
画面サイズは4対3とした。

2008/12/10

部分模型修正



構造概念図


こんな絵と模型で説明になっているかどうか?

各サイズにバリエーションがあるので記入された寸法に間違いがあると気付いた。
後で直そう。

2008/12/09

白版




テントを白くしてみた。
白いストッキングはなかなか手に入らない。

2008/12/08

部分模型




スケールは1/50。単管はアルミ針金、足場板は2mmのスチレンボードにクシャクシャなアルミテープ巻き。土台は発泡スチロールに黒く塗った新聞紙をちぎって貼り付けた。テント屋根はストッキングをテグスで張った。

アルミ針金を繋げて上方に伸ばすのは思ったよりたいへんな作業。スチノリ、瞬間接着剤などでやっていたがなかなか固定できなかったので、アルミテープを細かく切って巻いたところにスチノリで固める方法に変更した。

2008/12/07

部分模型製作中


リアリティのための部分模型を作成中。
パネルが変なものになりそうなので、ちゃんと考えてるところをリアリティある模型で示すため。現在工事中。

背景はパソコンの画面。模型の一部ではない。

2008/12/06

最後のゼミ


午後17時に東京サテライトで最後の指導を受けてきた。
もう時間がない。

絵は空中通路のCAD図。
模型ではこの部分はアルミテープ貼りになっている。
傾斜は10度以下にしている。

2008/12/05

パネル2次試作


1次試作と内容、レイアウトは同じで左半分だけ。

プリント試験


パネルのプリント試験をしてみた。
ベクター画像では問題ない事を確認したが、ラスター画像にしなければならない場合も考えてそちらもテスト。

フォーマットはpngでWindows付属のペイントからの印刷。(WindowsのプリントウィザードからだとA1ではファイルサイズが大きすぎて印刷不可能。)プリンタはHPで600dpiの性能らしい。

結果としては90dpiではニジミが目立つが300dpiだとベクター画像と区別がつかない。(※pngに変換する前の元データはベクターデータ。)


文字サイズは28ポイントで高さ6mm、32ポイントで8mmほど。
去年の卒業制作パネルでも文字が小さくて文字数が多いものが多かったのでポイント数はもっと小さかったのだろう。

タイトル文字は小さ過ぎるかと思ったがA1にして見ると意外とそうでもなかった。いろいろやてみる以外にないらしい。



ところで、このパネルでは模型とイメージが合わないとの意見をいただいたのでボツにしてやり直すことにした。パーツは使うかも知れないが。

さらに更新2


前回案では中央が寂しく見えるのでレイアウト変更してみた。

2008/12/04

さらに更新


色とフォントサイズのため、明日試験印刷してみよう。
文字を入れたのに中央が薄く見えるような気がする。

ちょっと更新

パネルの試作1


パネルの1枚目を試作している。
色、フォント、説明文無しなどその他全く1次試作の段階。

2008/12/02

2008/12/01

卒研のテーマ確認

卒研の進捗が遅いので先生から宿題で「何を研究・何を設計したかを、3つ簡潔に上げよ」(ゼミブログにコメントする)とのこと。これは12月13日に提出するパネルに用いる内容だ。


こんなふうに書いてみた。

都市の隠れた秩序と自由、そして未来へ
(JR川崎駅東口におけるケーススタディ)
1.”中間領域”への疑問
2.変異を起こす空間造り
3.Artificial Nature (人の創る自然)



中間報告では「都市の隠れた秩序と自由」で終わりにしていたが、それだけでは単に建築を用いた"表現"のみになるような印象があるので、未来への提言を印象付けようと"そして未来へ"を加えた。実際、パネルの中でこれを作ることによって未来はどうなると予測できるのかを明記したい。

1."中間領域"への疑問について
もともと、このテーマを始めたのは街と建築物のあいまいな構成に興味があったことからだ。建築と言う物はその土地の機能を限定するために造るもので、それはそれで目的を達成するのであるが逆に人間の行動までも規定することになる。美術館では鑑賞し、図書館では本を読んだり勉強し、ショッピングセンターではショッピングをし、オフィスでは仕事をすると言ったように。

ただ、そうなると目的を持ってその建物に入る以外の事は何も無く面白くも何ともないので、建築家たちは通常設計する建築物に中間領域を設ける。中間領域は建築物本来の機能を持った部分と街との中間にあたる部分で建築物への導入部分であり建築物へ入り易くするものでもあると思われるが、この機能の確定しない部分で何か予期せぬ事が起こることを期待して造られるものである。(詳しくは巨匠たちの書いたものを読む方が良いのでここまで。)

疑問なのは、その予期せぬ何かが本当に起こせるのかどうかと言うことであって、その事は先日書いたのでこれも省略。

調査の結果、建築物に付いている中間領域ではほとんど何も起きないだろうと言う結論に達し、その理由はこれも以前に書いたが、建築物にある中間領域はあくまで管理されたものであって....そう言う場所では人間は行儀良く想定された振る舞いをするだけと言うこと。

ではどんな空間なら変な事をする人間が現れるかと言うと、原っぱのようなところじゃないかと予想した。(以下省略)


2.変異を起こす空間造りについて
これがデザインになるもの。


3.Artifical Nature (人の創る自然)について
デザインの要素を示す言葉としてこれを用いてみた。
人は街を人工物で埋めようとするがなぜか植物も植える。それが心地良いと感じるからだ。木や花の色や形は人間の意図とは無関係な造形を作り出す。上空にある雲などもそうだ。人間は何もかも意のままに制御して思い通りにしようとするようだが、実はそうでない勝手に生きている植物や動物が好きなのだろうと思う。

良く見れば街についてもそうなのではないだろうか。例えば、鉄道のガード下の赤提灯街やこの川崎のような混沌とした街は秩序無くできてしまったようなものであるが、人はそこに集まる。街には木が枝を伸ばすのに似て見た目にはわからない法則に支配されて育つものではないだろうか。それを作り出しているのは人間であると言うのに。

再開発と言う手法はそれとは全く反対に単一の秩序をもって行われる。たしかにキレイで便利で良いのであるがそこには何か欠けるものがある。それがArtifical Natureなのだろう。
.....

Artifical Natureは「人工の...」ではなく、「人の創る...」の方が良いように思う。
人と言う生き物の性質によって形作られる、のような意味を持たせたいから。


(だいたいこんなストーリーになるだろう。)



追加
もっと分かり易くとのコメントをいただいたので修正してみた。

都市の隠れた秩序と自由、そして未来へ
(JR川崎駅東口におけるケーススタディ)
1.人と人との間に変化を起こす空間の研究
2.自然発生の原理による新しい建築の方法
3.イベント広場を中心とした市民のための自由な空間の提案


さらに修正

都市の隠れた秩序と自由、そして未来へ
(JR川崎駅東口におけるケーススタディ)
1.人と人との間に変化を起こす空間の研究
2.混沌とした街の構造をそのまま用いた新しい建築の方法
3.イベント広場を中心とした市民のための自由な空間の提案

(※イベント広場は保留)

2008/11/30

グリッドを自由の基盤に



昨日のゼミでスケルトン・インフィルの話が出ていたので、グリッドシステムを拘束と考えるのでなく、自由の基盤と考える方法を簡単にメモしてみた。

自分の卒研の内容とは無関係。

2008/11/29

PALと成績票到着

東京サテライトから帰ったら、PALと成績票が到着していた。
もう12月なのだ。
PALにはもう来年度のスクーリング表が掲載されている。
(来年度のスクーリングから予習が必須になるらしいと書かれている。)

成績票はもう提出したもの全ての成績が記載されていて、あとは未提出の建築設計Ⅱ-2と卒研の単位だけが空白だ。設計Ⅱ-2は12月中に提出しなければならないので12月15日から取り掛かる予定。そちらははっきりしないままの構想が少しはあるが、実際どうなるかは作ってみないとわからない。1週間程度で仕上がるだろうか。卒研よりは楽だろう。

簡単なイラスト



全く意味なし。
上の絵はスケールだけは合っている。

今日行こうか?

今日、午後5時から(スクーリング終了後)ゼミだけれど、行こうかどうしようか迷っている。
まだ模型が完全ではないし、パネルも未着手の状態。

ただ、さっきベランダに模型を運び出した時に、この大きな1000x1000の模型を電車で持っていく予行演習はできるかもしれないとも考えた。今なら壊れても直すことは可能だ。

どうしようか?

2008/11/24

人と人との間に

建築の言葉の中には「コミュニティ」「コミュニケーション」などがけっこう多く出てくる。「建物の××のようなところが○○を誘発して人と人の関係性が△△」みたいなお決まりのセンテンスも多い。深読みしせずに「うんうん、そうかも知れない」などと思って済ませてしまえばよさそうなように書かれている。万人が納得しそうな説得力と言うより、雰囲気がある場合によく使われるようだ。ちょっとその筋の人の言葉っぽくて学生なら真似したりしても良いのかも知れないが、しかしあまりに頻繁にお目にかかると.....背筋が寒くならないでもないものでもある。(ちゃんと意味を考えながら読んだらバカっぽいってことだ。)


それはそうとして、現代建築でこう言う言葉が多用されるのはわけがありそうだ。
なぜなら、もう当たり前すぎてだれも正面切って言わないが、現代建築の根本的なテーマはズバリ、「人と人の関係を築く」事だ。多分現代の全ての建築家はそのためだけに建築と言う作業をやっているようなものだろう。個別には建築家の雑誌インタビューなり著書なりを読めば皆そう言っているのでここでは省略。


さあ、その人間関係をどうやって築くかと言うことになると、実はどの建築家の言葉もとたんに曖昧になる。人と人がどうやって出会うのか、そしてそこで具体的に何を話したり行ったりするのか。そう言う記述は、実はあまりない。時々研究家の論文などで路上のある部分を定点観察したレポートなどが出る程度。

建築家はそれでも人間関係上の何か(?)が起こる場所(空間と言う)を作りたがる。これにはいろいろな作り方がある。人の動線をわざと交差させたり、機能が無くて居やすそうな場所を残しておいたりするのが代表的なやり方だろう。実際に何がそこで行われるかはわからないにしても、そう言うことは考えるのは経済万能、そして土地の値段が高い日本においてなかなかたいしたものだ。

そう言うのを当たり前に見習って、建築物の設計に「中間領域」(これは建築の用語)のような部分を入れておくのは我ら学生にとっても当たり前のようなものだが、本当のところちょっと疑問に感じるべきじゃないのかと思う。


なぜなら、根本のところで「そこで実際になにが起こるか」がわからないと言う点が問題だからだ。単に中間領域を設けるとか、広場などの快適な空間を開放する、コミュニケーションの場を設ける、コミュニティセンターを建てる、開かれた○○空間、交流のための××、ふれあい△△、イベント広場、ロビー、ホワイエ、そんな名前の付いた"物"だけで人間と人間の何かの問題を解決したような気になるのはやっぱりちょっとおかしいんじゃないだろうか。


もしその場所を設けて本当に何かが起こるように考えたのだとしたら、そこで喧嘩が起きる事を設計者は想定しているだろうか? 多分それはしないだろう。きっと牧歌的で良好な人間関係、希薄すぎもせず濃密すぎもせず、適度にプライバシーがあってさわやかな気持ちで帰っていけると言うようなものではないだろうか。

だとしたら、本当はそこでは何も起きないだろう。何事も無く無事に家に帰りつける、そこで一定の時間を過ごして多くの人に囲まれているにも関わらずほとんど誰とも口を利くことも無く家路に着く、その一歩手前の休憩所に過ぎない。「交流のための」とか、「コミュニケーションが生まれる」とかその手の言葉がある空間の説明として出てくる場合はだいたいそんなもので、実際には何の根拠も無い。


人と人との間に何かを起こすのであれば、それは時に喧嘩もあり言い争いもありではないだろうか。なぜなら、世界ではそうして多くの関係が築かれているのが実態だから。何かを本気でやろうとしたら、きっと人は人とある割合で必ず関係悪化を起こすものだろうし、それだからこそ逆に良い関係と言うのもある。それが人間の性質なのだから。


そう考えれば中間領域などと言うものは喧嘩のためのリングだと思って作るべきなのかも知れない。

3.5%

2008/11/23

3%へ


イメージ通りになってこないので作り方を少々変更して行こうか。
もっと密度が高く見えるようにしたい。

2008/11/21

1%の模型



まだこの上に乗せるチマチマしたものが全く無い状態。
あまり長いこと何も書かないわけにもいかないので写真だけ載せた。

2008/11/19

造形Ⅲの作品返却


造形Ⅲの課題で製作した「軽井沢の山荘(吉村順三)の模型(写真)」が返却された。
結果は「A」だった。
(上の写真はスタディ模型2個のレイアウト。クリックすると大きく表示。トレーシングペーパーの上からなので鮮明ではない。)

講評では模型の精度が良い、実際の建築を意識してテクスチャを決めた事、模型写真をA3にまとめたレイアウトなどが評価されたが、建築物と周辺との関係を示す「配置」に相当する写真の不足と写真の一部が小さい事は改善の余地があるとのこと。

レイアウト上に赤でチェックされているのは、階段とフロアがきちんと繋がっているか、図面にはあるが部品図に無い壁が作られているか、コーナー処理、切断面がキレイか、材料の使い分けなど。


初めての模型にしてはまあまあだったようで、大学でサンプルとして保管したいような事が書かれた紙と宅急便の伝票が入っていた。もちろんこれを自分で持っていてもゴミになるだけなので、誰かに使ってもらえるのなら喜んで送り返すことにしようと思う。

(この課題作品は模型写真をレイアウトした紙になったものだが、写っている実物模型も捨ててもらっても良いつもりでもう勝手に東京サテライトに置いてきてしまった。)

2008/11/14

建築の世界 スクーリングの成績が到着

スクーリングの成績が来た。
Aだった。
これは全員Aなのだろうか?
いずれにせよ、楽しいスクーリングだった。

2008/11/11


先日までのモデルとは大きく変わって雲のように分散した構造をイメージ。
実際に模型を作る方法を考え中。何かヒントが欲しいところ。

2008/11/07

なんだかイマイチ




イマイチ、イメージ通りにならないな。
側壁はガラスにしたのでスケルトンに見える。(サッシくらい入れろ!)

2008/11/06

参照資料とともに


既存建築物(敷地)とのスケール比較。
中央下の文字が見えないものは湘南台文化センター。

モデルのための参照建築物。(プレゼンテーションのためのものではない。)
左上はオリジナル。(製作途中)
参照資料画像は著作権がある可能性があるためマスクをかけた。

2008/11/04

卒研面接審査申込

卒研の面接審査の申し込みをした。

卒業研究スクーリング受講申込書
受講票+50円切手
返信用封筒+80円切手
送信用80円切手
コピーはスキャナで0円

合計210円


面接日程(東京)
12月13日~14日

2008/10/30

はらっぱ

今作っている床面の上にギャラリー"のような"機能を付け加えようと思っている。

ギャラリーと言っても本格的なものではなくて、オープンで自分が描いたちょっとした絵がかけられたり、作品が置ける"かもね"、と言う程度のもの。他人には落書きに見えてもそうしたい人は、たまにはいるだろう。

囲われた感じがしないようにしたいのだけれど、何か参考になりそうな建築物などないだろうか。創業停止した工場跡地とか、遺跡とか......???


それと、作品名は「原っぱ」、「はらっぱ」、「HARAPPA」のような感じにしようかと思う。どう思われますか?




追加
JR川崎駅の反対側には大きな公共音楽ホールがある。
そう言う施設があると何かしら文化的な匂いを感じさせるとも言われる。上野あたりだとそう言うのがもう当たり前で伝統のようになりつつあるのでそれもそうかな、と思う。大きな歴史の中に作られた結果はたくさんあるから順番に展示替えをして見せていけばそれも良い。

しかし、上野にあるようなものを作っただけで文化ができると言うわけではないのも事実。
また、文化と言うのは歴史と言う時間の中から出てきた成果物だけではなくて、常にそれを作っているこの現在の人と時間の中にもそれはあるのではないか。物ではなくてその営みこそが文化なのだから。

ずっと前にNYのハーレム再開発の新聞記事が出ていた。無くなるころになってやっとそこに人が生きていて、ある様式(?)をもっている、つまりハーレムにも文化があるのだと認識したわけだ。ハーレムはもともとそこで生きる人たちの文化のために何か特別になされた土地ではないのにやっぱり文化らしきものができていたと言うことになる。

ハーレムほどでは無いのか有るのかはわからないが、どんな街にもそれらしきものがあるのかもしれない。ならば、それをもう少し表に出しやすくする機能が有っても良いのではないか。


そんなこと言っても分かってもらえない気がとてもするので、どっちかと言えば「原っぱ」の方が想像力を掻き立てるかとも思う。

2008/10/26

建築の世界 スクーリング 終了

昨日は帰りが遅くなったので書かなかったが、昨日と今日でこのスクーリングは終了。大変素晴らしい3日間であった。

昨日のM先生の表参道ツアーでは、日本人として知らなければならないことをレクチャーしていただくことになった。槙文彦氏のスパイラルで始まって明治神宮で終わるなど、まるでこのスクーリングのための演出として配置したようなものだ。スパイラルでは槙氏による「奥性」が一つのビルにコンパクトに表現されていて、明治神宮との相似性によって良く理解できる。外形に特徴のあるGYREなども時代が離れているが、幾分それに近いやり方をしているように思う。単に各階をずらして見せようと言う外見上の意図以上に、路地をクルクルと巻いて構成しようとしたのかもしれないが。


今日のS先生、建物を作ると言う範囲をはるかに超えた広い見識さすが。知識より生き方そのものなのだろうと感じるものがある。素晴らしいスクーリングの最終日であった。