2008/04/10

カメラを買った



2年半使ったリコーR2の調子が悪くなったので今度はニコンに浮気してみた。

買ったのはニコンのP50と言う機種。
選定条件は下記。

1.乾電池が使える事。
 ->海外旅行に少し長く行く場合には絶対に必要。充電器とプラグアダプタだけで荷物になる。
2.28mm広角で撮影できる事。
 ->建物外観を撮る場合に最低この位は必要。部屋の中を撮る場合も必要。
3.大きく無く、重くも無い事。
 ->高性能でも持って歩きたくないほどでは意味が無い。
4.ちょっとしたズームが付いている。
 ->書類、本、図表などをメモしておくのに広角だと歪みが大きいから。
 ->ちょっと遠くにいる動物などを写したいから。
5.安い事。
 ->18400円(10%ポイント付=実質16500円ほど)

全てリコーを選んだ条件と同じ。しかしリコーを買った時には建物を写すなんて想定していなかったが。あの時はソニーの寿司型カメラ(U20)がベトナム旅行前に壊れた事で買い換えたのだった。リコーはその後香港、マカオ、マレーシア、台湾といろいろ行って角はギザギザになるし印刷はもう全然見えないしよく働いたものだ。ありがとね。

だけどリコーがその後乾電池が使える一般向けカメラを発売しておいてくれなかったからニコンになってしまった、残念ながら。


ニコンの操作はリコーとはだいぶ違う。
リコーはとりあえずONしてすぐ写す。そしてそれ以上何かしたかったらメニューで調整する方式。それに対してニコンは使う人が何をしたいか"わかっている"のが前提でONにするような感じ。つまりフィルムカメラ時代のカメラを知っている人が使うのが良さそうだ。

それで自分は初心者です、とオートモード(バカチョンモード)を選ぶ。すると初めにオートモードで慣れるとそこから這い出せないようになっているらしい。そしてそれはすぐに使えなくなってしまう。リコーに慣れた身にはそれでは結局何もできないように感じるしバカチョンなのに面倒臭く感じる。その主な原因は電源OFFで設定が保存されないから。

リコーの方は現実的で変えたら変わったままにしてくれるから素人が使っていてもだんだんと慣れてきたらカメラが応えてくれる。リコーと同じことをニコンに期待する場合には、プログラムオートモードから入らなくてはならない。"プログラム"なんてところに行く初心者はいないかも知れないが、全く初心者だったらこのカメラは選ばないだろうか? 自分はカメラ初心者のつもりだったけれど、どうやらそこには収まっていないと今回ニコンに教えてもらった感がある。

リコーは入り口が1つだけれど、ニコンはスイッチをONにする前に"あなたのレベルは?"と聞かれる。中で繋がっていない入り口がいくつもあるようだ。


持った感じはリコーが"良い物"っぽい感触。ニコンは安物。写真ではニコンの方が大きく見えるけれど、幅は無いから実際持ってみるとそれほど大きくは無い。形が手に馴染むのと写す時に軽く安定して感じるのはニコン。値段は似たようなものだけれどメーカーによって考え方が違うのだろう。


ニコンはできればこれで5年位もってくれる事を祈る。
なぜならニコンもP50(生産中止になった)の次の機種のP60で広角28mmを止めてしまっていて、既に壊れると代わりが無いと言うことが決定しているからだ。



追加
ニコンに付属するCD-ROMからPCにソフトをインストールするように取説に書かれていたが、繋いだらカメラとして(ストレージではない)認識されるため何もインストールする必要はないようだ。リコーもインストールせよと書かれていたがカメラのUSBモードをマスストレージにしておけば必要なかった。無駄なサービスだと思う。

追加
ニコンには写真をつなぎ合わせてパノラマになる機能が付いていた。これは大きな建物を撮影するのに便利かもしれない。PCソフトだけでできるものもあるが、カメラが自動で露出などを変更する設定であるとあまりうまくいかない。カメラ自体が支援してくれると成功の可能性が高くなるだろう。そのうちやってみよう。

2008/04/08

大学もオープン化

京都大学オープンコースウェア

京都大学の講義がYouTubeで公開されることになった。

アメリカの大学ではもう数年前からやっていた。(iTunesのiTunesStoreの中にあるiTunesUの項目をクリック。)何と英語ながらルイス・カーン講義まである。何時日本の大学も?と思っていたところやっと始まった。嬉しいことだ。但し建築に関するものは未だ無いが。

そんな事してどうなるんだと思う人もいるかも知れないが、通信で建築を学ぶことが成立するならそれもアリだとも思う。それにこの1年間過去の偉大な建築家の書いた書物に目を通してきた中で、やはり本人の言葉を直接聞く(読む)事は重要であると思うのだ。教科書のように要領よくまるめられた言葉からでは得られない彼らの知恵と言うものは有るのだから。

次は東大か?

法規を調べる

設備計画学のレポートにも建築基準法を調べろと言う課題があったが、これは法令集だけで大丈夫ではないようだった。

「法規ではどのようになっているか」との設題に対して基準法では「xxxは...政令に定める技術的基準に従って....」と書かれているから政令の該当ページを見る。

そこには「...は国土交通大臣が定める....とする事」となっていてそのさらに詳細が書かれていない。

その「国土交通大臣が定める....」はどこに書いてあるかと言うと、「告示」と言う中に入っているらしい。

が、しかし「告示」は「法令集」の(法令編)ではなくて(告示編)に入っていて暗礁に乗り上げる。そこを見ないと具体的な数字が分からないので課題が求めている"必要換気量"までたどり着く事ができないとわかる。


しかし、さすが21世紀はインターネットの時代だ。あの仕事が遅い我が日本政府も法令位はインターネットで検索できるようになっている。だが何故か告示の部分はまだ各省庁個別に検索せねばならないようだが。

国土交通省 告示・通達データベース
法令データ提供システム e-Gov

自然換気と機械換気

4年次の最初科目は設備計画学である。
レポートの課題に取り組んでいる。


「自然換気」と「機械換気」
これは去年の建築環境工学の内容と重なっているのでそちらのテキスト(図解住居学5「住まいの県境」彰国社)に詳しい事が書かれている。だからそれほど難しい内容ではないと思われる。


この2つの換気方式の違いもテキストを読めば書かれているが、どちらかと言えばメカニカルな内容が多いようだ。もちろんそれもきちんと押さえておくべきだがその他に気付いたところもある。

①建築物の形状やデザインに与える影響
自然換気の場合には法的な問題で一定量の大きな開口が必要であったり、所定の能力を発揮させるには壁面圧力を考慮して開口位置を選ぶ必要がある事から建物全体の形状やデザインに与える影響は小さくないだろう。開口をデザインに取り入れている建物もあるほど。機械換気ではそれが少ないと考えられる。

②管理形態の問題
ビルでは施主が設備管理をどう運用するつもりであるのかは大きな問題だろう。用途が固定的で使用時間が限られている場合などでは設備を集中させて管理も一元化できるだろうが、用途も管理者もわからない賃貸スペースの多いビルであれば部屋毎の個別設備にするしか無いと考えられる。

③高層建築での自然換気
以前は超高層ビルでは風が強いために自然換気ができないと考えられてきた。しかし現在は省エネルギー、炭素排出量を考えてそれも見直されるようになってきているそうだ。
ブリーゼタワー 大阪西梅田
人と環境にやさしい超高層ビル -汐留タワー-


参考書
「空気調和換気設備 -建築設備3-」朝倉書店
「初めての建築法規」<建築のテキスト>編集委員会 学芸出版社

その他資料
ロスナイ技術資料 -MITSUBISHI(PDF)

月の建築

「月の建築」タイトルだけ見ると何かロマンチックな印象を受ける。書いていて本人がそう思うのだけれど、残念ながら今回はそう言う話題ではない。


先日、卒研のテーマを考えている時に「(3)月と宇宙空間に住む」と書いた。が、今大変なことが判明。それはこの記事だ。

月の地震はマグニチュード5レベルがなんと10分間も続く -GIGAZINE

元ネタはこれらしい。
Moonquakes -NASA

これでは気軽に月に建築などと言ってはいられない。
地震国日本の技術をもってしてもM5レベルが10分と言う途方も無くすごい地震では新しい技術開発が伴わなければとても造れるものではないのではないかと想像する。実際はどうなのだろう。しかも時々雪やヒョウどころではなくて隕石が降ってくる。

しかしきっと世の中にはこう言う建築を研究している人はいるのだろうな。

2008/04/07

卒業研究履修申請書を送る

「卒業研究履修申請書」を送った。

テーマは検討中のままでも良いらしいので前回書いた中なら3つをイラスト入りで簡単に書いておいた。また後から考えようと思う。

卒業研究のテーマは その3

その後の情報では卒業研究履修申請書の研究内容欄は検討中のままでも良いとの事。検討中のまま出してしまおうかとも考え始めた。

しかしさらに1つ考えてみた。


(9)家の解体
ずっと以前、日本は大家族で住んでいた。これは家と言う制度の存続や生産活動がその構成員に拠っていたと言うような事情によると考えられる。それが近代になって家と言う制度自体の存続よりも夫婦の生活が重視されるなどで核家族となり、現在は個人の生活が継続できれば結婚すらしなくて良いような状態に近くなってきている。

できちゃった結婚も現在のような古い時代の法律が無くなったり、夫婦別姓が認められるようになれば、子供の福祉と結婚を別に考えるようになるかも知れない。そうなれば本当に個人の生活は家から自由になるのではないだろうか。家から自由と言うのは家族の制度的枠組から自由であるとともに、物理的な家からも自由と言う意味にもなり得るので必然的に建築物にも反映される可能性が高いだろう。

それは個人が家族全員の幸せと相容れない個人の幸せを追求する方向が重視されるために、現在で言う家族は距離を置いてバラバラに生活すると言う事だ。その代わりに幸せの価値観が似ている別の個人との距離を近くして集合的に住居するのはどうだろう。例えば、秋葉原のオタクの人達は個々別々に集まって来るがアイドルなどの中心目標物ができると自然に集団となる。あれほどでは無くともそれに近い集まり方を考えても良いだろう。

家屋の中は1人か2人のためにフルセットのキッチンは必要ではないし、人が居ないのだから何かのために個室も必要ではない。これでは普通のワンルームマンションのようであるが、共通する何かを持った人達の集合住居とするのであればゲストハウスやシェアルームのような形態に近づく事も考えられる。


これは考えているうちに先日卒研展で見たM氏の作品"individualistic apartment"に似てきてしまうようだ。


(10)?????

2008/04/06

卒業研究のテーマは その2

(5)日本のリゾート
GWや年末などに海外旅行をする人は多い。その中には短い時間にしてもハワイや地中海岸、アジア地区などの海外リゾート地に行く人たちもいる。だが、よく考えてみると日本にはリゾートらしいリゾート地がほとんど無い。世界で有数のお金持ちの国であるにも関わらず。

労働の形態からリゾートでゆったりするほど時間が取れ無いこともあるだろう。ならばなおの事、国内の近場にリゾートがあっても良いはずだ。それに最近は円が安い(USドルに対してではなくて、その他の外貨に対して)ので外国人が日本を求めて観光旅行に来ている。それでも日本には日本らしいリゾートが無い。お金をかけてたまに造られるリゾートっぽいものはどこかの国のまがい物のようなものだったりする。

ホテルは観光のために宿泊するだけのものでそこで長く豊かな時間を過ごす事はほとんど無い。有って温泉か最近ではスパみたいなものが置かれるだけだ。居るだけで価値がある空間とは思えない。

こう言う事を考えていると、日本らしい日本とはどんなものだろうと言うような昔の建築家同士の議論などが蘇ってくる。

うーん、このテーマは選ばないだろうなあ。


(6)東京の運河に住むボートハウス
この国では人間は基本的に自由と言うことになっているのでどこに住んでも良さそうなものであるが、水の上に住むのは以外に行われていない。日本では係留できる場所は漁業用がほとんどであって未整備であろうと考えられる。東京は埋立地が多く運河が多いがそれは現在単なる川のような扱いとなっている。

ヨーロッパには運河に細長いボートハウスを浮かべて住んでいる人は多い。ボートであることを除けば中身は日本で言う狭小住宅であろう。狭小と言っても地上のそれと異なってスラム化しそうな小ささとは違う。

こう言うものを日本でも、住居としての係留地とボートの両方を考えてみるのはどうだろう。これはちょっと憧れる住み方だ。


(7)街にリビング
介護や高齢者の保健のような問題が現役世代の問題と切り離して、または対立するものとして論じられる場合が多いように思う。それは現役世代がまだ自分はそちら側の人ではないと言うように思うからだと考えられるのだが、よく見ればそれは地続きなのである。と、こう言ってもそんなの当たり前であると理解はしていても実感は無いのが実情だろう。

もし自分が介護や介助を受けなければならない立場になったらどうだろう。足腰の自由度が減って一人で動けなくなったとしたら。家族がケアマネージャにプランを立ててもらい、それに従って家にヘルパーが数時間程度来るか、もう少し重い場合には毎日車で誰かが迎えに来るだろう。そうなれば知らない場所に連れて行かれ皆で歌を歌いましょうとかそう言うちょっと想像したくない生活が突如として始まる可能性がある。

問題なのは"突如"始まると言うところだ。現役世代でも学生であっても突然知らない事務所で働けと言われたり、新学期に新しいクラスで勉強しなければならない場合の緊張は誰でも相当大きなものであると思う。それが年齢を重ねてから突如、と言うことになるとこれはもう想像を絶する苦痛ではなかろうか。

そうなる前に、と言うのはまだ誰の助けも必要ないうちに街にある"リビング"で近所の人々や趣味の合う人たちと時間を過ごすとする。自宅でする事もないからと言ってテレビをボーっと見ていてはいけない。そうしてもし介助が必要になったら介護施設のような特別な場所に"入れられる"のではなく、慣れた街のリビングに最小限の介助で連れて行ってもらうとどうだろう。少しの変化は有っても今までと同じパターンで生活ができる。ショックは少なくて済むかもしれない。

今でも公民館などはあるのであるが、何だか充分ではないような気がする。それはその場がやはり生活の中の場所でなくて特別なイベントの場所であるからだろうか。リビングではないだろう。

パリの老人が毎日自宅でなく街のカフェで時間を過ごすと言うような風景がある。彼らは街を自分の居所と思っているのだろうか。カフェを自分のリビングとし、公園を庭とし、つまり家の延長であるのだろうか。(ル・コルビュジエがそんな事を言っていた。)

日本ではカフェはお客さんになって使わせてもらう場所であるからリビング感覚ではないと思うし、街全体は自分の安心できるテリトリーと感じてはいないのではないか。どこか構えた心理が働いていて、そこで出会った人となかなか気軽に話はできないし、世間体を気にしたりもしている。どちらかと言えば観光客のようなものだろう。

街をリビングにするには何が必要なのか?


(8)田舎に住む
シンプルなタイトルである。そう言うことに焦点をあてた雑誌もあるし、田舎暮らしに憧れる人たちも一定数以上はいる。しかし、日本で実際に起こっている事は都市部への集中であり、田舎へのリターンはメジャーには成りえていない。インターネットができて日本中何処に住んでも情報格差は無くなるだろう、教育格差も無くなるだろうと言われた時代があった。(もう過去だ。)IBMがTVCMでアリゾナあたりの砂漠でも世界規模のビジネスができるように宣伝していたが、実際の企業家達は六本木に住んでいる。

未だに東京あたりに集まるのは戦後と同じで何も変っていない。オラが村に新幹線の駅をと陳情に来る人達は新幹線と高速道路が出来て若者がそれを村を出て行くために利用しているだけだと未だに気付かない。

田舎に住むと言うより、都会に集中しないで分散して住むと言う事をシンプルに真面目に考えるのも面白いのではないだろうか。(どこか特定の地域を再生するのではない。)


(9)?????

2008/04/05

卒業研究のテーマは

「卒業研究履修申請書」を4月25日までに送らなければならないが、そこに現在検討している卒研の内容を書く欄があった。"検討している"とあるので確実にそれをと言う事でも無さそうだが、わざわざ記入欄が設けられていることを考えると、どちらでも良いような事を書くわけにはいかないように思えてくる。困ったものだ。


そこで、月曜日(7日)には発送したいのでどういった内容にしようかと考えている。
①あまりライバルの居ないと思われるテーマであること。
 (これは普通か?)
②最終的に"形で勝負"になりそうなものは避けたい。
 (形で勝負もアリだと思う。しかしこれは自らの趣味として。)
③評価はどうでも良いと思って。
 (理解されようとして一般的になるより特徴あるものに。)



ちょっと考えて、こんなのはどうだろう。
(1)人間を飼う方法
自然との共生と言ったような場合、既に人間のつくり上げた都市に自然の要素を導入して改良を加えると言うのは現実的な発想だと思う。そう言うのはよく見るように思う。しかし、そこに導入される自然の要素は人間にとって都合の良い部分だけである。例えば木をたくさん植えるがその木が好きな虫は来て欲しくは無いと思うだろうし、増して猿がぶら下がっていたらニュースになる。都市よりももっと山間部に近いところでの共生を想定していても山から猪が下りてきたりする事までは想定外ではないだろうか。

それならいっそのこと、通常人間が住まない場所で人間を不満無く生かす方法と言うのはどうだろう。バイオスフィアのように生物としての人間の生存を検証するための実験は行われているが、それとは違って非人工的な場所においても"社会的に"人間が生きる条件を考えると言うような事。

以前モグラは暗いところで無いとストレスが溜って死んでしまうと言われていたが、現在ではモグラの身体のサイズに合った通路があれば明るくても生きていかれる事がわかっている。人間は森を切り開いて地面の上に建物を造って生きるものであるが、ジャングルのような所で自然条件をあまり変えないままに現在の文化的、社会的な人間生活が送れるような条件はあるかと言うような意味。


(2)シャツのような建築
だいたいの人間は服を着ている。服は人間の直近の周辺環境をある程度過ごしやすいように整えてくれるものだ。だが、服では整えられない環境変化に対しては建築物で対処している。ホームレスの人達もダンボールやブルーシートの被覆を使用している。もし、服がもっと完璧な被覆であったら、逆の言い方をすれば建築物が服のようだったらどうだろう。

人間は寝たくなったらどこででも眠れるし、雨が降っても雪が降っても何でもない。暑くも寒くもない。30年ローンを払って家を買う必要も無い。ただ、家族との団欒はいつでもキャンプファイヤーを囲むような形になるだろうから西部劇を見ているようになってしまう。都市は単に人がうろうろ多く集まっている所と言うことになる。景観と言う言葉の意味もだいぶ違ってくるだろう。


(3)月と宇宙空間に住む
そろそろこれを考えておいても良いのではないだろうか。これを真面目に考えておかないと宇宙での人間の棲家はきっと機械エンジニアの仕事になってしまうだろう。近代の前哨戦で技術者による大きな鉄骨造の塔や橋や建築がたくさんできたのと同じ事が起こるはずだ。


(4)オープンソース日本の家
建築は個々に設計されて個々に違う物と言うことになっている。住宅メーカー製の住宅であれば個々のメーカーの技術やメーカーが決めた部品とともに買う事になり、大工さんに頼めば大工さんなりのノウハウによってある意味自動的に建て方は決まってしまう部分があるから素人である施主は間取や仕上げを指定するだけに近い状態ではないかと思われる。

そこで設計をオープンソース化して施主が自ら組み直すことができるようにしておいてはどうだろうか。敷地が広い場合はここを延ばす、2階や3階にしたい時には柱はこれを使う、そのときに窓はどうすると言うように分かり易くしておく。(そう言うPCソフトがあるような気がするが。)そして出来た家の図面は公開し、後の人のために住み心地や注意点を添付する。

海外で日本ブームのようなものもあるので全てネット上で公開したら世界中の人にとって興味深いものになるかも知れない。世界中で日本家屋が改良されローカライズされるように仕口などの仕様も公開しておく。(全くの素人考えの域を出ない。だからと言って住宅の価格が安くなると言う物でもないだろう。)


(5)?????

それ誰かが既にやってるよ、と思ったら教えていただきたい。

Worst of Me

このブログも1年を超えた。
長くなると何を書いたのか振り返って読むのも大変である。そこで自選集ラベルを作ってみた。ラベル名は"Worst of Me"とした。レポート等の参考として読むに値しないものだけを集めている。現在は16記事。これ以外にもあったかも知れ無いがざっと見ただけなので抜けているかもしれない。

こうして読み返してみると、レポートには書いたがここには大事な事があまり書かれていないように思う。残念ながら。