2008/03/21

猫はどうして

建築設計Ⅰ-2で「パン屋さん」の設計をしている。
....している、とずっと考えているとどうしても「パン屋さん」を造ろうと思ってしまう。

でもそこにはパン屋さんを営む家族が住んでいる。つまりパン屋さんであると同時に普通の住居でもあるわけで、そちらを疎かにするわけにもいかないのだと思い返す。お店も家も両方同時に造らないといけないのである。

パン屋さんを営む家族はきっとパン屋さんの商売がうまくいく事を願っているだろう。しかし同時に家族の生活にもそれを望んでいるだろう。となれば、家を設計したときにその家を見てその家族にはちゃんと自分の家だと認識してもらわなければならない。


猫は引っ越してもその家を自分の家だと認識するのにたいへん時間がかかる。ダンボール箱に布を入れ、餌を置き、臭いを付けて快適にしてやってもなかなか自分の居るべき場所だとは思わない。最後には半ば諦めさせるようにして家だと認識させなければならない。

それに対して人間は順応性があるために、自分の家と考えてそこへ入ることに躊躇が少ないだろう。逆にそうであるからちょっとした違和感に対して設計者に何も言ってくれないかもしれない。少しの無理をずっと我慢して住み続けてしまうかもしれないだろう。


そのあたりをちゃんと考えて描かないといけないのだろうと思うが、CMのように「帰りた~い、帰りた~い♪」となる家はどうしたらできるのだろうか。

2008/03/12

建築設計Ⅰ-2にとりかかる

建築設計Ⅰ-2の課題のパン屋さんの設計を始めた。

以前にも黒川紀章を考えている時にアイデアの端っこが出てきたりしていたが、そのときから頭の中は進んでいなかった。考えていてもなかなか出てくるものではないので、白い紙にスケッチしてみたり近所を歩いてみたりして少しだけ進めてみた。

人はどんな所を通りたいのか、どんな所を通りにくいと感じるのか、反対に留まりたいと思うのかを考えてみた。少しアイデアが浮かんだ。


この後は何かアウトプットしてみなければ、と思っていきなり図面を描くのは止めよう。見るのがあのM先生なのだから、やっぱり模型から入るべきだろうと思う。これも良いアイデアだろうか?

2008/03/10

進級手続完了

4年次への進級手続をした。

学費26万円を郵便局から振込み。手数料330円。
進級手続願に振込受付証明書を添付してコピーしておく。10円。
進級手続願を郵送。80円。

2008/03/09

遺跡の写真公開

中部ジャワ遺跡群の写真を公開した。

BOROBUDUR


こちらはプランバナン地区のいくつかの遺跡をまとめたアルバム。
PLAMBANAN

建築史演習のレポートを提出

建築史演習のレポートを提出した。
図表含む全部で62枚(内A3の計測図1枚)。
316.5gで送料は45円だから往復で90円。

内容は帰国後に書いた記事から変更無しとした。
今回は持ち帰った写真などの資料が多く、整理しながら使うものを選ぶのがたいへんだった。。結局テーマを絞り切れず、網羅的になってしまった。こんな物を基礎知識の無い人に読んでもらうのだから、少々つまらない読み物と言われてしまいかねない。こちらはまだ現地の臨場感の中にあるのでそのギャップは大きいだろう。
仕方ないので現地の写真をいくつか集めてA4にコピーして添付した。

2008/03/06

たくさんのつまらない事

建築の勉強をする合間にここに書いたり、別のブログを書いたり、他人のmixi日記を読んだりいろいろな事をやっている。

そんな事している暇があったら肝心のレポートを仕上るだけに集中した方が良いと言うだろうか。レポートも試験も素早く終わらせてしまった方が効率が良い。終わらせたら別のことができるだろうと。


大学受験の勉強まではそれは正解だったと思う。(20年も前の事)
なぜなら小学校の勉強も中学校でもそして高校であっても、問題の答えはたった一つだったから。そう言うやりかた、考え方が今でも普通だと広く考えられているのだから、そう言われるのも最もだと思う。


人間の頭の中は実際、そう単純ではない。たくさんの事を平行して考えたり吟味したりアイデアを思い浮かべて検討しているのだと思う。その中から一見関係ないと思われるようなある物と別の物を結びつけてみて「はっ!」と新しい物が産まれることが多いのだと思う。もちろんボツになるものも多い。


レポートの下書きを書く時にはワープロを使う。ただ、これは最終段階になった時であって、単に「まとめる」作業なのである。そして文字数カウントが便利なだけなためだ。その前段階は思考は四方八方に分散して立体的である。これをワープロのように上から下に、つまり結論だけを求めて考えていくことは意味がないし、現実的ではない。ワープロ思考では、つまり手っ取り早い結論だけを求めるのではダメなのだ。

そこに至るプロセスには寄り道に思えるような副産物がたくさん出てくるもので、結果的に必要なさそうなものでもそれは必要であって、結論にも厚みを与えてくれるものになる(はずだ)。


優先順位をつけて計画通りにただこなすのならそれは流れ作業である。
日本は子供(将来大人になる一人の人間)の学力に流れ作業のような、予め用意されたたった一つの答えを出す能力を長い間望んでいた。現在も変わってはいないだろう。そんなことのために今勉強するとしたら、それは機械にプログラミングして資料でも何でも検索させて自動で羅列して自動でA4にプリントさせるべきなのだと思う。

今まで生きてきて、そんなにうまく予定通りに人生が運んだことはほとんど経験していない。土台、計画通りなど無理なのだし、そんな人生楽しくも何ともないだろう。

人間はゲロゲロとたくさんの副産物を吐き出しながらうろうろと歩き回っているものじゃないか。余計に吐き出された副産物が不要で、それが効率的でないと言うなら、人間はコンピュータや生産のための機械に憧れていると言うことか。

そんな事が望みならそれはできない事じゃない。(日本なら)そうする選択肢はいくらでもあるはずだ。ただ、「したいか?」と聞かれたらほとんどの人がまっぴらごめんと答えるだろう。(「でも現実にはね」?)

少なくともこうしてレポートを書いている間は....したくないんだ。

2008/03/02

BATAVIAのコロニアル建築

0802Jakarta


ジャカルタ北部コタ地区の写真をGoogleWabアルバムにアップしました。
あまり良い写真ではありませんが雰囲気は感じられるかと思います。
(上の写真をクリックして見てください。)


大きな地図で見る


Picasaからボタンを押すだけでこんなに簡単に写真公開できるとはびっくり。知識はあったけれど実際にやってみないとわからないものだ。

2008/02/26

ジャカルタのコロニアル建築群


帰国前にジャカルタ北部のコタ地区を見て回った。

ジャカルタにはそれほど興味があったわけでは無いが、空港出発が朝6時半であるためにどうしても1泊は必要だったのだ。通常ならば物価の高いとされるジャカルタであるから安い宿が多い地区を選ぶべきだと思われるが、オランダ時代のバタビアの雰囲気がどれだけ残っているか確かめてみようとコタ地区を選んだ。

ガイドブックにはほとんど情報が無かったのであまり期待はしていなかった。それ故、観光客らしき人影も全く無し。しかし結果的には老朽化しメンテナンスは充分でないが中央運河の両岸にはバタビアの雰囲気を残すコロニアル建築物が多くあって楽しい散歩となった。中には近代建築にもありそうな意欲的意匠のものもあった。


今回はこの地域についてのレポートは書くつもりは無いが、もし(万一? きっとそんなあ人はいないだろうが)誰か興味あって見に行くのであればお勧めしたい地域である。ちなみに観光地でないので誰も声をかけて来ないからインドネシアにしては楽に歩ける場所と言える。それに近くに中華街があって食べる物も豊富だし、良くて安いホテル(AC、ホットシャワー付きで2000円以下)も多くあるようだ。また空港からも遠くない。

ジョグジャカルタの街の別の構造


前記事で王宮を中心としたジョグジャ旧市街について述べたが、それとは別の構造も存在することがわかった。

ジョグジャはオランダの東インド会社による貿易とともに発展した比較的新しい街であるため、その事実と切り離して現地の伝統様式だけを論じるのは片手落ちなのである。

王宮中心の旧市街とは別に、マリオボロ通りには全く別の様式の建築物が多く存在する。それは「ショップハウス」である。ショップハウスがあると言う事は、ここに中国人商人が居住していると言うことになる。(写真はマリオボロのショップハウス)

現在はそれほど目立たなくなってしまっているが中国人の経営している漢薬店も存在しているし周辺には中国系住民も多いように見受けられた。さらにその周辺部には労働者のための長屋形式(LIMASAN-リマサン)が存在している。


またオランダの影響を受けたコロニアル風意匠も使われているのも見られる事で、ジョグジャの歴史方向の奥行きを感じられるのである。