2012/04/01

現代のヒンドゥー建築

ヒンドゥー建築と言うと、遺跡を思い出してしまうかもしれません。

ですが、もちろんヒンドゥーは現存する宗教で、従って新しい寺院も多く建設されています。 今回はたまたまその様子を少しだけ見せていただきましたのでここにアルバムを載せておこうと思います。中国式のお廟の隣と言うのがいかにもマレーシアらしいところです。

マレーシアにあるヒンドゥー寺院の多くには寺院本体からその手前の門に至る大きな天井が付いています。これは本場インドでもそうであるのか私にはわかりません。そして何時頃からそれが付けられるようになったのかもわかりません。以前に取材したインドネシアのヒンドゥー寺院の遺跡にはありませんでした。

(アルバムは下の写真をクリックすると全部が見られます。)

1204 Hindu Temple under construction

2012/02/08

上海の風景


1202 上海

短期間、上海へ行っていましたのでアルバムを載せておきます。同じような写真、何だかわからない写真があります。

2011/10/26

KL、コラージュの風景


KLの街はコラージュされているように見える。人々はマレーシアも先進国と同じような発展をすると信じているけれども、
それと同じ位に別のものも信じている。それが特に矛盾してはいない。


高層コンドミニアムのすぐ横にはヒンドゥー寺院が規模の大きなものへと改修される。そこで願われる事は昔と変わっているだろうか?


新しい建物が歴史の中の建物の金屏風となって目に入る。これは矛盾か、それとも調和なのか?


思わぬところから思わぬ形が顔を出す。突然宇宙から飛んできたUFOか、それとも街ごとタイムスリップしてしまったのか?



プレーンと色の洪水、構造とデコレーション、合理と信条。

近代的造形の鉄道駅の下にゴウゴウと音をたてて流れるクラン川。この川がこの街を作ったと言っても良い歴史ある川。歴史は積み重なり塗り重ねられ....

2011/09/11

騒音防止

KL西部、Subang地区に新たにLRT(鉄道)が通ることになった。 そこでその騒音対策シールドの案が住民に示されたと新聞に出ていた。いずれも軽量鉄骨で造られるとのこと。日本だとこうした物に最初からデザインをと言う発想はしない。 単に騒音問題として論じられるだけ。(日本だったら誰にたずねる事もなくOption4だろう。) マレーシアでは一応それはするらしい。

2011/09/01

PJ

KL西部の Petaling Jaya (ペタリンジャヤ)地区の2つのタワービルです。 とても興味深いと言うわけではありませんが目立つものを紹介するだけです。


これはMenara PKNS と言うビル。
流行のガラス張りですが、ミラーガラスの反射で不思議な効果を得ています。どれが実態のあるビルでどれが空かよくわかりません。
近寄って見てもさらにゴースト。
次はPJのシンボル Menara MBPJ です。

近付いて見るとこうなります。
タワーの周囲は水の溜まっていない堀のようになっていてその根元の部分で周囲の街とは区切られています。そのため通常は堀の幅以内へ近付いては見られないので根元にある街からでもタワーはタワーとして認識できます。
根元の部分の造形処理とトップ部分のそれが違うことがわかります。根元は綺麗にまとめられた柱がトップの角部では未処理な感じで残してあるようです。

堀の部分は車回しになっているのと同時に堀の外壁にあたる部分にも事務所が設けられていて機能的です。街からタワーへは地上階と繋がる歩道橋が2本渡されています。お役所らしいのでそうしたコントロールも必要な機能なのでしょう。


最後は大学の建物です。
トップの部分の造形にどう言った意図があるのかはわかりませんが、台湾やマレーシアの最近のビルでよく見る形ではあります。流行なのだと思います。

2011/08/28

Istana Satu in KL

今回もマレーシア伝統建築シリーズの追加となります。
KL国立博物館に復元されたトレンガヌの王宮、イスタナ・サトゥのアルバム。
(下の写真をクリックするとアルバムページに飛びます。)


1108 Istana Satu KL


王宮と言っても日本人が考えるような壮大なものではなく、どちらかと言うと良質の伝統家屋と言った雰囲気のもの。それはこの建物に限らず以前訪問したやはり博物館に保存されているスレンバン王宮も同様。

アルバムには多少細部の写真も入れているので想像していたものとは違う発見があると思います。

2011/08/07

スバンジャヤ

マレーシアで現在建てられている建物の記録として載せておくことにします。
これは建売住宅。マレーシアにはマレー、中華、インドの3民族が住んでいますが、それとは全く関係なく住居は"モダン"に集約されつつあります。そのスピードは日本以上ではないでしょうか。
こちらは上の画像の拡大。

これはエンパイヤと言う商業ビル。中にはホテルもあります。見た目はこう言う形ですが中身は至って普通。中央の細長い吹き抜けを商用スペースが囲むものです。外観が一番インパクトがありますので看板として建てられていると思われます。

2011/08/06

帰郷する家のイメージ

8月1日からラマダンが始まるとマレーシアはその後に続くハリラヤへ向かって一直線のようだ。

近年は商工業の発展にともない故郷の家族と離れて都市部で進学したり就職している人が多いらしい。そのためハリラヤ休暇には故郷で家族や友人と会って話をするのが一般的な過ごし方となっている。さて、その故郷の家のイメージはどのようなものだろうか。

上は大都会KLの中心、KLCCに展示された田舎の家の模型。外向きに作られた露台とその奥の住居部分の関係が以前にアローガジャで見た家と同じになっているようだ。またシャレた窓の造りも特徴だろう。ジャワの住居もこのような窓になっていた事を思い出す。
こちらはタイムズ・スクエアにあるカメラのニコン・センターに置かれていたジオラマ。この周囲をサンプルのカメラがぐるりと取り囲んでいて試しに撮影できるようになっている。これは多少時代がかっているけれどもマレーの原風景のようなものかと思われる。
これは新聞広告の絵。住居の周囲に屋根だけの建物がいくつもある。
これはミツビシ・パジェロの広告。屋根の端がちょっと吊り上っていてミナン風を意識している絵なのかもしれない。

こうして見ると、自分たちが住む家は都会的なコンクリートの家を選ぶけれども故郷はいつまでも懐かしいままでいて欲しいと感じているのかと想像する。もちろんこれは日本人でも同じなのだろう。

2011/07/28

「東京建築さんぽ」 を読んで

2つ前の記事にある「東京建築さんぽ」(松田力著)を読んで見た。

通常であれば個々の建築物に関してああだ、こうだと言うものだけれども、こうして本になってかなりまとまった数を一堂に集めて見ていると個々に見ているのとはまた違った思いが浮かんでくる。


その中で一番思う事は、日本の近代建築は「学び」から出来上がっているのだと言うこと。

「東京建築さんぽ」の中に登場する近代のほとんど全ての建物は元々日本には全く存在しなかった形、構造、意匠、材料から造られている事がわかる。悪い言い方をすれば当時先を行っていた西洋の真似と解釈の産物だ。中身を立派な物に見せるための方法論、先進的に見せるための形、歴史あるものと見せるための意匠。それらは全てどこからか学んできて使うのでなければそう簡単に独自には作れるものではないし、そしてこれだけ多くの建築家が似たようにデザインできるものではないだろう。

先人は近代建築と言うものを学び、それを東京に吐き出したのだ。

ある者は「建築とはこうだ」=「建築は西洋の意匠を身にまとうべき」と学んだだろう。ある者は西洋の構造を学びその方法論で日本の意匠を再構成しようとしているように見える。いずれにしても真面目に何かを学んだ形跡の集大成が東京のように感じられる。


皮肉な言い方をしてしまえば、西洋の方法論を学んで日本の方法論から自由になったけれども、逆に別の狭い不自由に閉じこもってしまったと見えなくもない。もちろんそこから羽ばたいた巨匠達はいるにしても、多くは「学び」の罠にはまってしまっている。どうしてもそう見えて仕方がない。


さらに逆の解釈をすれば、まずは誰でも(どんな巨匠であっても)「学び」そして「真似」以外からそこに足を踏み入れる事はほぼ100%不可能と言うことでもあるだろう。



と、言うわけで「東京建築さんぽ」、著者の思いと全く別の読み方をするのも面白い。
もう1つ言えば、著者松田先生は愛知産業大学のスクーリング担当で年に数回程度学生に東京を散歩させる事になっているからそれに参加してみるともっと面白いと思う。