今日(8/31)から9月2日までの3日間、構造力学演習のスクーリングあり。
<本日の範囲>
単位の基本(質量と重量の違いなどの基本的な事)
モーメントの求め方
力の合成と分解
力のつりあい(つりあいの方程 ΣX=0、ΣY=0、ΣM=0)
支点、接点、梁、トラス、ラーメンのいろいろ
構造物の反力と求め方
部材に生ずる力(軸力、せん断力、曲げモーメント)
N図、Q図、M図の描き方
明日一番で確認試験があるので復習しておかないと。
新ブログ「もんく+a : reloaded」へ移行し、建築仲間Team OBASUの活動記録を投稿します。
リンクは右の欄のリストにあります。
(2021年~)
アイデア等全てのコンテンツの引用やコピーはご自由に。
コンテンツ概要
2009~2013年:建築物と建築についての雑記です。
2007~2009年:大学の課題に関するノートです。
2007/08/31
2007/08/30
2007/08/28
本を無くす
先日川越に行った時に、東武東上線で本を無くしてしまった。
C.アレグザンダーの「まちづくりの新しい理論」だ。
今日、東武に電話してみたけれど無いようだったので図書館に言ったら、時々マークを見て連絡をくれる方もいるとの事なのでもう少し待って出てこなかったら紛失の手続きをするようにとの事。
Amazonで調べたら1890円でまだ売られている。絶版本じゃなくて良かった。
C.アレグザンダーの「まちづくりの新しい理論」だ。
今日、東武に電話してみたけれど無いようだったので図書館に言ったら、時々マークを見て連絡をくれる方もいるとの事なのでもう少し待って出てこなかったら紛失の手続きをするようにとの事。
Amazonで調べたら1890円でまだ売られている。絶版本じゃなくて良かった。
2007/08/26
川越の街並みとライトの明日館
川越の一番街商店街。(川越市)
パタンランゲージを使って街並みを整備した商店街。改築したり新築した建物も元々ある「蔵造り」に習って建てられていたり、大正時代の洋風建築(中身は木造なので看板建築とも言える)があったりで見た目、なかなか特徴ある街並みになっている。
細部を見ると観光用に偽者を作った感じがしないでもないが、それは生活とこの形の建物がどう関わっているか、つまり表面の形だけなのかそれとも生活のスタイルに関わるものなのかが一度の訪問ではわからないために何とも言いようがない。
大正時代の建築だってもともと看板建築であるし、それにこうする事で商売が成り立つのであれば深く考えなければ生活密着型の街造りなのかもしれない。しかも元がこうであったのだから、全くの作り物でもないわけだ。
パタンの1つに「職住一体」と言うのがあるために、お店の裏と2階はほとんど住居になっている。お店には住居が付いているので、観光客が多くなったからと言って大資本のチェーン店が入り辛いのだと考えられる。これは地元の人にチャンスを与える形の活性化の成功例じゃないだろうか。他の街の活性化ではしばしば、消費地は作られるが地元にビジネスチャンスを与えるものにはならない。手っ取り早く成功していて無難な企業の店舗を誘致するだけだからだ。この点で川越のやり方は凄い効果を得ているのではないだろうか。
フランク・ロイド・ライトの明日館。(池袋)
日本初の2x4建築だそうだ。見た目が鉄筋コンクリートのようだったので誤解していた。だから壁をたたくとポコポコする。
この建物を正面から見ると屋根の上に向こう側の高層ビル群が見えてしまってとても風景に調和してはいない。これができた頃(1920年代)は屋根の向こう(北)には木が茂っているだけだったそうで、もったいない事だ。ただ建物の内側から色の無いステンドグラスを通して庭側(南)を見ると芝生と2本の桜の木が青々と葉を茂らせていて落ち着く雰囲気だ。壁や天井や床やテーブルの色も良く合う。
これをネタに現代建築論のレポートを書こうと思う。
2007/08/25
2007/08/23
ディズニーから
ディズニーのハリボテ建築の事を考えていたら、看板建築を思い出した。
フランク・ロイド・ライトが有機建築、建築は内側からと言っている事からすれば看板建築、ハリボテ建築はその対極に位置するものだろう。逆に、建築は見た人に何らかのインパクトを与えなければならないと言う人もいる。看板建築やハリボテ建築は確かにインパクトを与える。どちらかと言えばインパクトを与える、単にそれだけの建築だ。ほとんどの蕎麦屋さんはそれで商売している。
(内側から原理的に蕎麦屋である蕎麦屋ってどんな蕎麦屋だろう?)
建築には自然界の構成原理を、と言うけれどそれは一体何の事だろう?
フランク・ロイド・ライトは自然について言及しているけれども決して自然の真似はしなかった。花が綺麗だと言ってそのまま建築に貼り付けたりはしていない。しないけれども周囲の自然との調和を目指した。逆にガウディはそれをした。ガウディの建築にはインパクトがあるが、フランク・ロイド・ライトのそれには調和がある。
自然の形を貼り付けても、木の枝の力学がそのまま建築に移るわけではない。貝殻の丈夫さと建築の丈夫さは違う原理に基づくものになる。木の枝はその先にある葉だけを支えるが、決して屋根は支えない。(時々サル位は支える。)枝は風が強いと揺らいで凌ぐが建築は枝の先がまた下に向って土の中に入る。
自然の構成原理を用いた建築によって人間が自然を感じられるかどうかは微妙だろう。それに自然は人間に優しい時ばかりではないのだし。
普通の現代建築は(近代建築以降)、壁を作ると自動的に外と内ができる(例外は除いて一般的に)。しかし看板建築とハリボテ建築では、壁の裏表の法則は成り立たない。確かに無駄な空間ができたり無駄な壁厚ができる。確かにこれは欠点だ。
今時、「お寺」は鉄筋コンクリートで作られる。だから構造や機能から言えば大きな傾斜した屋根、柱から生えている作り物など必要ではない。お寺の屋根が平らで全面ガラス張りだって機能としては遜色ないだろう。むしろその方が今や快適かもしれない。
(フランク・ロイド・ライトもルイス・カーンもル・コルビュジエも近代建築で教会やシナゴーグを提案しているのだから仏教のお寺だけ取り残されているのか?)
ルネサンス時代の建築は"人間的な"などと表現されるけれど要はギリシャ、ローマの形を「装飾の為」に使ったハリボテ建築と言えなくもない。神殿に使われたオーダーを人の家や別荘に用いて飾っただけなのだから。それらは装飾のための物。
ビオトープ、これも偽池、偽自然?
街路樹も偽自然?
スーパーで偽ハムを買って偽パンに偽バターを塗って挟んで食べている我々にとっても、プラスチックの偽樹木、偽山、偽ツリーハウスはタブーなのだろうか?
そう言えば多摩動物園のアフリカゾウ舎にある偽バオバブの木も魅力的だ。
参考
あひる
フランク・ロイド・ライトが有機建築、建築は内側からと言っている事からすれば看板建築、ハリボテ建築はその対極に位置するものだろう。逆に、建築は見た人に何らかのインパクトを与えなければならないと言う人もいる。看板建築やハリボテ建築は確かにインパクトを与える。どちらかと言えばインパクトを与える、単にそれだけの建築だ。ほとんどの蕎麦屋さんはそれで商売している。
(内側から原理的に蕎麦屋である蕎麦屋ってどんな蕎麦屋だろう?)
建築には自然界の構成原理を、と言うけれどそれは一体何の事だろう?
フランク・ロイド・ライトは自然について言及しているけれども決して自然の真似はしなかった。花が綺麗だと言ってそのまま建築に貼り付けたりはしていない。しないけれども周囲の自然との調和を目指した。逆にガウディはそれをした。ガウディの建築にはインパクトがあるが、フランク・ロイド・ライトのそれには調和がある。
自然の形を貼り付けても、木の枝の力学がそのまま建築に移るわけではない。貝殻の丈夫さと建築の丈夫さは違う原理に基づくものになる。木の枝はその先にある葉だけを支えるが、決して屋根は支えない。(時々サル位は支える。)枝は風が強いと揺らいで凌ぐが建築は枝の先がまた下に向って土の中に入る。
自然の構成原理を用いた建築によって人間が自然を感じられるかどうかは微妙だろう。それに自然は人間に優しい時ばかりではないのだし。
普通の現代建築は(近代建築以降)、壁を作ると自動的に外と内ができる(例外は除いて一般的に)。しかし看板建築とハリボテ建築では、壁の裏表の法則は成り立たない。確かに無駄な空間ができたり無駄な壁厚ができる。確かにこれは欠点だ。
今時、「お寺」は鉄筋コンクリートで作られる。だから構造や機能から言えば大きな傾斜した屋根、柱から生えている作り物など必要ではない。お寺の屋根が平らで全面ガラス張りだって機能としては遜色ないだろう。むしろその方が今や快適かもしれない。
(フランク・ロイド・ライトもルイス・カーンもル・コルビュジエも近代建築で教会やシナゴーグを提案しているのだから仏教のお寺だけ取り残されているのか?)
ルネサンス時代の建築は"人間的な"などと表現されるけれど要はギリシャ、ローマの形を「装飾の為」に使ったハリボテ建築と言えなくもない。神殿に使われたオーダーを人の家や別荘に用いて飾っただけなのだから。それらは装飾のための物。
ビオトープ、これも偽池、偽自然?
街路樹も偽自然?
スーパーで偽ハムを買って偽パンに偽バターを塗って挟んで食べている我々にとっても、プラスチックの偽樹木、偽山、偽ツリーハウスはタブーなのだろうか?
そう言えば多摩動物園のアフリカゾウ舎にある偽バオバブの木も魅力的だ。
参考
あひる
スクーリング申込み + <オマケ>
9月のスクーリングの申込みをした。
CADⅠ:9月15日~17日
建築設計Ⅰ-1:9月22日~24日
いつものように何かの手違いを心配して、セブンイレブンで申込書のコピーをとっておく。よしよし。
スクーリングは1科目3日で15,000円。
と言うことは1日(午前と午後)あたり5,000円になる。
ディズニーランドの1日パスが5,800円。(こっちが割高)
同じく2日パスだと10,000円(これで同じ)
同じく3日パスだと12,900円(こっちが割安)
どっちが良いかと言うと...
ディズニーは消費だけだけど、スクーリングは知識をくれる分お徳だろうか。
でも、もともとディズニーなんて行かないんだよ。
(本当は東京と香港に各1回行ったことある。)
<オマケ>
行きたいかどうかは別として、ディズニーランドの建築は面白いと思う。
遠くから見れば普通の建築物に見えるけれども本当はハリボテ。あの大きなお城も何もかも、もともと2次元の絵だったものを人間が入れる大きさに伸ばしている。あのデフォルメされた絵を大きくしてもちゃんと絵の中のイメージで見られる。
例えれば、チョロQを先に作ってからそれを実車にしたようなもの。あれを大人が真面目に作っているなんてすごい。お城は元々が絵だけれど、それを描いたアメリカにモデルになるものなんてあるわけない。ヨーロッパに対するコンプレックスの表れだろうか。それをパリに輸出してしまうのも可笑しいけれど。
ターザンハウス(ツリーハウス)なんかは魅力的だと思う。木までプラスチックだけれど、バスルームやキッチンを加えればもしかしたら本当に住めるんじゃないかと思う。(木の中も部屋にできるから床面積は見た目以上に相当とれるだろう。)あれで台風にも壊れないんだから本当にコピーを作って、いや図面だけでも、売ってくれたら良いのに。
自然の原理をどうのって言いつつ都会的なツルツル建築を作るならディズニー方式の偽ジャングル建築だって許されるんじゃないだろうか。楳図かずお邸の赤白シマシマとどっちが許されるだろう?
ディズニーランドの設計は既に3次元を超越していた!-イエイリ建築ITラボ
CADⅠ:9月15日~17日
建築設計Ⅰ-1:9月22日~24日
いつものように何かの手違いを心配して、セブンイレブンで申込書のコピーをとっておく。よしよし。
スクーリングは1科目3日で15,000円。
と言うことは1日(午前と午後)あたり5,000円になる。
ディズニーランドの1日パスが5,800円。(こっちが割高)
同じく2日パスだと10,000円(これで同じ)
同じく3日パスだと12,900円(こっちが割安)
どっちが良いかと言うと...
ディズニーは消費だけだけど、スクーリングは知識をくれる分お徳だろうか。
でも、もともとディズニーなんて行かないんだよ。
(本当は東京と香港に各1回行ったことある。)
<オマケ>
行きたいかどうかは別として、ディズニーランドの建築は面白いと思う。
遠くから見れば普通の建築物に見えるけれども本当はハリボテ。あの大きなお城も何もかも、もともと2次元の絵だったものを人間が入れる大きさに伸ばしている。あのデフォルメされた絵を大きくしてもちゃんと絵の中のイメージで見られる。
例えれば、チョロQを先に作ってからそれを実車にしたようなもの。あれを大人が真面目に作っているなんてすごい。お城は元々が絵だけれど、それを描いたアメリカにモデルになるものなんてあるわけない。ヨーロッパに対するコンプレックスの表れだろうか。それをパリに輸出してしまうのも可笑しいけれど。
ターザンハウス(ツリーハウス)なんかは魅力的だと思う。木までプラスチックだけれど、バスルームやキッチンを加えればもしかしたら本当に住めるんじゃないかと思う。(木の中も部屋にできるから床面積は見た目以上に相当とれるだろう。)あれで台風にも壊れないんだから本当にコピーを作って、いや図面だけでも、売ってくれたら良いのに。
自然の原理をどうのって言いつつ都会的なツルツル建築を作るならディズニー方式の偽ジャングル建築だって許されるんじゃないだろうか。楳図かずお邸の赤白シマシマとどっちが許されるだろう?
ディズニーランドの設計は既に3次元を超越していた!-イエイリ建築ITラボ
2007/08/22
フランク・ロイド・ライトも難しい
哲学者ルイス・カーンに続いて文学者フランク・ロイド・ライトも分かり難い。
参考資料
「ライトの遺言」フランク・ロイド・ライト 彰国社
「建築について(上)(下)」フランク・ロイド・ライト 鹿島出版会
建築家の作品を誰か別の人が解説しているのを読む事もできるのだが、書かれた時代によって解釈がまちまちであるし偏りもあり、あまりあてにできない事も経験済み。特に建築家の書く巨匠本は語彙が詩的な場合が多くて普通の日本語として読めないものも多い。なので今回も本人の文章から入る事にした。
しかし残念ながら、結局、分かり難いのは同じであった。
フランク・ロイド・ライトは文学者であった。何について言っているかわからない比喩が多すぎる。比喩の多くはボザール批判らしいのだが、これはその時の状況を先に知ってからでないと理解し難い。しかし、そんな比喩表現の多いところはだいたいボザール批判なので真面目に隅から隅まで読む必要はないだろう。同じ批判発言が何度も出てくるだけだから。
フランク・ロイド・ライトの建築を要約すると以下のようになる。
1.建築は内部から
2.有機的であるべき
3.単純
4.民主主義
1.建築は内部から
これは2通りの意味があるようだ。
a.人間の魂の内部から出る自由による建築
b.人間の生活する内部空間から出来る建築
bはあまり使われていないが、aは「あらゆる原因結果の内部的要因」のように強調している。
2.有機的であるべき
他の建築家の言葉の中にもよく出てくる「有機的」であるが、フランク・ロイド・ライトの使用が最初なのだろうか? 文学的な使われ方で定義がはっきりしないのがとても困る。(等と書くと建築を勉強されている方々からお叱りを受けるだろう。)
フランク・ロイド・ライトの場合にはまだ明確に「自然の摂理」を意味していて、他の建築家の文章にあるように単なる「こっちの空間とあっちの空間の密接な関係」と言うようなものでは無い。
またこれは、1の内部的要因とも関連していて自然の摂理が生粋、真実、発端のようなものと言っている。であれば建築は有機的であるのは自然な事なのだ。もちろん全体の中の部分、完全性と言う(実際の自然から離れた)抽象的な意味も含む。
3.単純
日本の版画を引き合いに出して「単純さの福音を説いた」と言っている。作品そのものの中に表現された有機的な完全性こそが「美の法則」とした。花を見て美しいと感じ、その模造品を作るのではなく、「様式化」によって美の根本を表現することである。
4.民主主義
人間の自由はその内より得られるものである。人間の自然なあり方としての民主主義。建築は自由に開放的にデザインされるものである。(人間的自然)
これはアンチ-アカデミックとしても説明されるが、フランク・ロイド・ライトの生きた時代の事を考えれば当然であろう。建築に「民主主義」と言う言葉が使われるのは現代日本から見れば驚きである。
その他
フランク・ロイド・ライトの活躍したのは1800年代後半から1900年代中頃と広く、その建築の見た目もかなり違っているように思う。特定のスタイルは重要でなく、その根本が大切であるとの部分で一貫しているのだろうと思われる。(簡単すぎるまとめである。)
8月26日に実際のフランク・ロイド・ライトの建築を見てみる予定。
参考資料
「ライトの遺言」フランク・ロイド・ライト 彰国社
「建築について(上)(下)」フランク・ロイド・ライト 鹿島出版会
建築家の作品を誰か別の人が解説しているのを読む事もできるのだが、書かれた時代によって解釈がまちまちであるし偏りもあり、あまりあてにできない事も経験済み。特に建築家の書く巨匠本は語彙が詩的な場合が多くて普通の日本語として読めないものも多い。なので今回も本人の文章から入る事にした。
しかし残念ながら、結局、分かり難いのは同じであった。
フランク・ロイド・ライトは文学者であった。何について言っているかわからない比喩が多すぎる。比喩の多くはボザール批判らしいのだが、これはその時の状況を先に知ってからでないと理解し難い。しかし、そんな比喩表現の多いところはだいたいボザール批判なので真面目に隅から隅まで読む必要はないだろう。同じ批判発言が何度も出てくるだけだから。
フランク・ロイド・ライトの建築を要約すると以下のようになる。
1.建築は内部から
2.有機的であるべき
3.単純
4.民主主義
1.建築は内部から
これは2通りの意味があるようだ。
a.人間の魂の内部から出る自由による建築
b.人間の生活する内部空間から出来る建築
bはあまり使われていないが、aは「あらゆる原因結果の内部的要因」のように強調している。
2.有機的であるべき
他の建築家の言葉の中にもよく出てくる「有機的」であるが、フランク・ロイド・ライトの使用が最初なのだろうか? 文学的な使われ方で定義がはっきりしないのがとても困る。(等と書くと建築を勉強されている方々からお叱りを受けるだろう。)
フランク・ロイド・ライトの場合にはまだ明確に「自然の摂理」を意味していて、他の建築家の文章にあるように単なる「こっちの空間とあっちの空間の密接な関係」と言うようなものでは無い。
またこれは、1の内部的要因とも関連していて自然の摂理が生粋、真実、発端のようなものと言っている。であれば建築は有機的であるのは自然な事なのだ。もちろん全体の中の部分、完全性と言う(実際の自然から離れた)抽象的な意味も含む。
3.単純
日本の版画を引き合いに出して「単純さの福音を説いた」と言っている。作品そのものの中に表現された有機的な完全性こそが「美の法則」とした。花を見て美しいと感じ、その模造品を作るのではなく、「様式化」によって美の根本を表現することである。
4.民主主義
人間の自由はその内より得られるものである。人間の自然なあり方としての民主主義。建築は自由に開放的にデザインされるものである。(人間的自然)
これはアンチ-アカデミックとしても説明されるが、フランク・ロイド・ライトの生きた時代の事を考えれば当然であろう。建築に「民主主義」と言う言葉が使われるのは現代日本から見れば驚きである。
その他
フランク・ロイド・ライトの活躍したのは1800年代後半から1900年代中頃と広く、その建築の見た目もかなり違っているように思う。特定のスタイルは重要でなく、その根本が大切であるとの部分で一貫しているのだろうと思われる。(簡単すぎるまとめである。)
8月26日に実際のフランク・ロイド・ライトの建築を見てみる予定。
いきなり2つ成績発表と1つのレポート返送
たった今、2つも成績がついてしまった。
建築造形Ⅰ A (スクーリング)
建築造形Ⅱ A (課題だけ)
都市計画学 B (選択)これはレポート返送のみ。後日試験あり。(11月)
以下、講評と反省。
建築造形Ⅰ
スクーリングでの模型製作なので何ともコメントなし。
建築造形Ⅱ
初めてのパースでしたが、講評は「作画が丁寧で内容も理解している」とのこと。3点法で影を描くのが難しかったけれど、どうやらOKだったらしい。
都市計画学
「ル・コルビュジエの都市計画」と「川崎区のマスタープラン分析」の両者ともに実際の計画(ル・コルビュジエならパリ計画、川崎区はマスタープランと実際の都市の様子)と分析を比較して分かりやすくすべきとの講評。もう少し具体的資料を添付すべきだった。レポートを書く時に山ほど資料を読んでしまっていて、その勢いで書いてしまうと客観性に欠けるものになってしまう事に注意すべきであった。
建築造形Ⅰ A (スクーリング)
建築造形Ⅱ A (課題だけ)
都市計画学 B (選択)これはレポート返送のみ。後日試験あり。(11月)
以下、講評と反省。
建築造形Ⅰ
スクーリングでの模型製作なので何ともコメントなし。
建築造形Ⅱ
初めてのパースでしたが、講評は「作画が丁寧で内容も理解している」とのこと。3点法で影を描くのが難しかったけれど、どうやらOKだったらしい。
都市計画学
「ル・コルビュジエの都市計画」と「川崎区のマスタープラン分析」の両者ともに実際の計画(ル・コルビュジエならパリ計画、川崎区はマスタープランと実際の都市の様子)と分析を比較して分かりやすくすべきとの講評。もう少し具体的資料を添付すべきだった。レポートを書く時に山ほど資料を読んでしまっていて、その勢いで書いてしまうと客観性に欠けるものになってしまう事に注意すべきであった。
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