今作っている床面の上にギャラリー"のような"機能を付け加えようと思っている。
ギャラリーと言っても本格的なものではなくて、オープンで自分が描いたちょっとした絵がかけられたり、作品が置ける"かもね"、と言う程度のもの。他人には落書きに見えてもそうしたい人は、たまにはいるだろう。
囲われた感じがしないようにしたいのだけれど、何か参考になりそうな建築物などないだろうか。創業停止した工場跡地とか、遺跡とか......???
それと、作品名は「原っぱ」、「はらっぱ」、「HARAPPA」のような感じにしようかと思う。どう思われますか?
追加
JR川崎駅の反対側には大きな公共音楽ホールがある。
そう言う施設があると何かしら文化的な匂いを感じさせるとも言われる。上野あたりだとそう言うのがもう当たり前で伝統のようになりつつあるのでそれもそうかな、と思う。大きな歴史の中に作られた結果はたくさんあるから順番に展示替えをして見せていけばそれも良い。
しかし、上野にあるようなものを作っただけで文化ができると言うわけではないのも事実。
また、文化と言うのは歴史と言う時間の中から出てきた成果物だけではなくて、常にそれを作っているこの現在の人と時間の中にもそれはあるのではないか。物ではなくてその営みこそが文化なのだから。
ずっと前にNYのハーレム再開発の新聞記事が出ていた。無くなるころになってやっとそこに人が生きていて、ある様式(?)をもっている、つまりハーレムにも文化があるのだと認識したわけだ。ハーレムはもともとそこで生きる人たちの文化のために何か特別になされた土地ではないのにやっぱり文化らしきものができていたと言うことになる。
ハーレムほどでは無いのか有るのかはわからないが、どんな街にもそれらしきものがあるのかもしれない。ならば、それをもう少し表に出しやすくする機能が有っても良いのではないか。
そんなこと言っても分かってもらえない気がとてもするので、どっちかと言えば「原っぱ」の方が想像力を掻き立てるかとも思う。
新ブログ「もんく+a : reloaded」へ移行し、建築仲間Team OBASUの活動記録を投稿します。
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(2021年~)
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コンテンツ概要
2009~2013年:建築物と建築についての雑記です。
2007~2009年:大学の課題に関するノートです。
2008/10/30
2008/10/26
建築の世界 スクーリング 終了
昨日は帰りが遅くなったので書かなかったが、昨日と今日でこのスクーリングは終了。大変素晴らしい3日間であった。
昨日のM先生の表参道ツアーでは、日本人として知らなければならないことをレクチャーしていただくことになった。槙文彦氏のスパイラルで始まって明治神宮で終わるなど、まるでこのスクーリングのための演出として配置したようなものだ。スパイラルでは槙氏による「奥性」が一つのビルにコンパクトに表現されていて、明治神宮との相似性によって良く理解できる。外形に特徴のあるGYREなども時代が離れているが、幾分それに近いやり方をしているように思う。単に各階をずらして見せようと言う外見上の意図以上に、路地をクルクルと巻いて構成しようとしたのかもしれないが。
今日のS先生、建物を作ると言う範囲をはるかに超えた広い見識さすが。知識より生き方そのものなのだろうと感じるものがある。素晴らしいスクーリングの最終日であった。
昨日のM先生の表参道ツアーでは、日本人として知らなければならないことをレクチャーしていただくことになった。槙文彦氏のスパイラルで始まって明治神宮で終わるなど、まるでこのスクーリングのための演出として配置したようなものだ。スパイラルでは槙氏による「奥性」が一つのビルにコンパクトに表現されていて、明治神宮との相似性によって良く理解できる。外形に特徴のあるGYREなども時代が離れているが、幾分それに近いやり方をしているように思う。単に各階をずらして見せようと言う外見上の意図以上に、路地をクルクルと巻いて構成しようとしたのかもしれないが。
今日のS先生、建物を作ると言う範囲をはるかに超えた広い見識さすが。知識より生き方そのものなのだろうと感じるものがある。素晴らしいスクーリングの最終日であった。
2008/10/23
試作
2008/10/20
ハコハコ
「ハコハコ」のテーマは箱型です。集合住宅の姿を想像したときに誰もが思い浮かべるもっとも普遍的なかたちとしての箱型。その箱型に対し新しい解釈を導入して現代的な箱型集合住宅のコンセプトを提案してみました。「ハコハコ」では、何の変哲もない箱型の住戸を外部から変形させて、内部の空間に影響を与えています。内部空間は直方体の単純さから開放され、高さ幅ともに自由な構成となるため、箱型空間の新しい可能性を体験できるでしょう。
参考資料
イエノイエ
追加
近代以降の建築のやり方では中身が外に現れるように行われていたのですが、イエノイエでは街から見た"家"と言う形から入っています。人にとって中身は第一に大切だけれど、街も同じように大切だと思えば家の内と外は実は等価かも知れない。そしたたイエノイエのようなアプローチは近代、現代の建築のアプローチの延長上にあるとも言える。
でも、五角形の家の形が普遍的と感じられるなら、平成産まれの東京育ちの子供たちには箱型が実は普遍的に見えるかも知れない。だからイエノイエからハコハコに移動ってのも良いかなと。
笑ってもらえるかなと思ってたんだけれど、だめか!
2008/10/19
2008/10/18
建築の世界 スクーリング 1日目
「建築の世界」と言う壮大な名前のスクーリング1日目が終了。
このスクーリングは3日間とも先生が違うのだそうだ。
今日は一番若手のI先生。
午前中は近代と現代の建築史の講義、午後はそれを実際に見に行くと言うもの。
建築史はその名の通りの科目が別にあるが、近代から現代に絞った、しかも日本のみについてであれば書籍にもあまり無い内容で勉強になった。
ところで、最後に800字程度のレポートを書いて提出したが、その内容はだいたいこんなもの。
建築を体験するには、ほとんどの場合外からになる。遠くから全体を眺め、徐々に近づくと正面玄関がクローズアップされその他の部分は視野の外に出て行く。ステップを登るとそこから内部が始まるのだなと感じ、さらに内部のに入りその暖かい空気を吸うことで完全に中を感じることになる。
我々日本人の初めての西洋の文化や建築の体験もそれと同じようであったのであろう。擬洋風の時代の建築ではまず西洋を外から眺めてのものであり、外の建築となっている。その後の前川國男の時代まで下るとその中身の建築になっていき、前川建築の前半と後半においてもさらに中の建築になっていく。
........なんとかかんとか......
見直さずに出してしまったが、うまく書けていたかどうか?
このスクーリングは3日間とも先生が違うのだそうだ。
今日は一番若手のI先生。
午前中は近代と現代の建築史の講義、午後はそれを実際に見に行くと言うもの。
建築史はその名の通りの科目が別にあるが、近代から現代に絞った、しかも日本のみについてであれば書籍にもあまり無い内容で勉強になった。
ところで、最後に800字程度のレポートを書いて提出したが、その内容はだいたいこんなもの。
建築を体験するには、ほとんどの場合外からになる。遠くから全体を眺め、徐々に近づくと正面玄関がクローズアップされその他の部分は視野の外に出て行く。ステップを登るとそこから内部が始まるのだなと感じ、さらに内部のに入りその暖かい空気を吸うことで完全に中を感じることになる。
我々日本人の初めての西洋の文化や建築の体験もそれと同じようであったのであろう。擬洋風の時代の建築ではまず西洋を外から眺めてのものであり、外の建築となっている。その後の前川國男の時代まで下るとその中身の建築になっていき、前川建築の前半と後半においてもさらに中の建築になっていく。
........なんとかかんとか......
見直さずに出してしまったが、うまく書けていたかどうか?
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